第45話

『サイ、ウネ、ヨコ、フラの4人は、メグをバタフライナイフで刺したであろう犯人はウネであるとした。何でそんなことをしたのか、一体2人の間に何があったのか……そんな疑問に溢れ返っていることだろう。しかし4人にはそれよりも優先すべきことがあった……診療所にて懸命な治療を施されているメグの現状および生死を受け入れることだ。4人はウネが犯行に及んだ理由や釈明を一先ず後回しにして、荷物を持って体育館から校庭を経由し、診療所へと急ぎで向かう。唐突に場を掻き乱したサイを先頭に、犯人であるウネ、その2名を監視するようにヨコとフラと縦長に並んで続く』


 小島唯一の診療所に到着する。

 サイにとっては本日2度目の診療所だ。

 扉は開けっ広げになったまま。

 様相だけなら来る者拒まずのウェルカムな雰囲気がするけれど、サイとヨコはどうしてそんな状態で放置されているのかを知っている。


 ここで腹部にナイフが刺さって意識を失っていたメグを、昔ながらの老医師に手渡し預けたから。つまりこのまま開きっぱなしが継続されているということは、まだ治療が終わっていないだけなのか、終わったけど仲良く話し込んでいるだけなのか、もしかすると手の施しようが無くなってしまったのではないか……そんな切望と暗澹がサイの内心を乱す。


「勝手に入っても良いのかな?」

「僕とヨコがメグを託したんだ。事情は知ってくれているし、そこは問題ないはずだ」

「なるほど。それで、どの部屋なんだ?」

「多分だけど、僕らの定期検診に使っていた部屋だと思う。あそこはもしものときに備えた部屋だって、昔言っていたから」

「うん。じゃあ、私たち全員でそこに行くよ……ウネも、ちゃんと付いて来て」

「……っ」


『4人揃って診療所内に入り、受付を度外視してメグが治療を行っているであろう一室を目指す。もしも間違っていたときは、当てずっぽうでも突き止めるつもりだったが、サイの予想は的中し……今し方治療を終えたと思しきメグと再会する。


「メグ!」

「お久しぶりです先生、メグは、メグの容体は……」


『そこには銀色の厳かなベッドに仰向けになってこそいるけど、老医師に向けて笑顔を振り撒けるくらいにまで回復しているメグの姿があった。老医師も見ての通りだと、メグの元気っぷりを強調するように、また年寄りがいては邪魔になるだろうと遠慮するように、4人の真横を素通りして別室に歩んで行く。その行動はメグの治療は終わり、メグは無事に生きているよと答えてくれたみたいだった。そんな後ろ姿に一礼して、ヨコ、フラ、サイの順番にメグの元へと駆け寄る』


「メグ! メグ! 生きてて良かったっ! あっお腹……お腹は大丈夫なの?」


『ヨコがそう訊くと、メグは無言で頷きながら、着用していた衣服をたくし上げ、幾重にも巻かれていて腹巻きのような包帯部分を恥ずかしげに見せつける。バタフライナイフは取り除かれていて、傷口から血が滲んだ様子もなく止血も済んでいるらしいと判別出来る。つまりは大丈夫だよと、伝えている』


「そっか……そっか、そっか。もしメグに何かあったらって、思ってたから私……」

「ははっ、そんな顔したら逆にメグに心配されるよ」

「うん……うん、そうだね」

「……元気そうで何よりだよ、メグ。教室で言ってたこと、またメグにアドバイスを貰おうって思ってたからさ……あと、お互いにどんな結果になっても盛大に祝おうって約束したからね」


『フラはいつかの相談事の後の指切りを持ち出して、遠回しにメグが生きてくれたことを祝う。2人のそれぞれの約束はまだ果たされていないが、彼も彼女も青草のように若い。人生はこれからで、素敵な返事が聴けても、聴けなくても、生きている限りフラとメグの糧となるだろう』


「……よぉ。思ったより元気そうじゃん。まあ、僕はヨコとフラと違って全然心配なんてしてなかったけどな。お前の辛抱強さは誰よりも知っているつもりだしよ……」

「一番気にしてたの、サイでしょ?」

「ばかヨコ! そんなわけあるか」

「素直じゃないね、サイは」

「フラまで……僕を揶揄うんじゃねぇよ」


『全くもって呆れ返るくらいの天の邪鬼な歓喜をヨコ、フラ、そしてメグの3人が弄る。諍いの後だということも忘れてしまうくらい、和やかな空気感が室内に浸透していく』


「……メグ——」


 途端。そんな和やかさが霧散する。

 たちまち重々しい沈黙に包まれる。

 これは、ウネとメグの遣り取り。

 どちらかが喋り出すまで続くだろう。


「——ごめん……で、済むようなことじゃないとは分かってる。でも、私にも許せないことがあって、積み重ねた被害妄想のせいもあって、盲目で、誤解していた部分に気付いてないところもあって……だから——」

『〈——何のこと? 自分、ウネに謝られるようなことをされた覚えがないんだけど?〉』


 ようやくメグが口を開く。

 彼女自身の確かな肉声だ。


「いや、何を言って——」

『〈——んー、それにしてもドジ踏んじゃったなー。こっそりとフラのナイフを使って、自分の今の身長を教室内に刻み込んでやろうって思ったら転んじゃって、お腹にナイフが深々と刺さるなんてね……ほんとに運が無かったよ〉』


 何を言っているんだと茫然とするウネ。

 そんな様子に微笑を浮かべて、メグは更に続ける。


『〈ごめんね、心配掛けて。でもこれはただの事故だから安心して? 自分は数日の安静が必要みたいだけど、それ以外はもう、この通り元気だし〉』

「違う! メグ……私が——」

『〈——自分が完全復活したら……そうだね、また5人で小島の探検でもしようか? そうだ! タイムカプセルでも探してみる? いや、流石にちょっと早過ぎるか……ね?〉』


 他の4人を伺い見る笑顔のメグ。

 そんな顔色にヨコ、フラ、サイと釣られて行って、最後にはずっと物憂げだったウネまでも、ヘタッピな笑みを浮かべ出す。


『メグは真実を知っている、紛うことなき被害者なのだから当然と言えるだろう。だからこそ彼女が証言したことが、このメグ自身の刺傷事件の真相となる。それがどういった意図があれ、なかれ、被害者のメグが事件じゃなくて事故と言い張るのなら、きっと事故になる。


 メグの望みは……このまま仲良しの5人でい続けること。そこには何1つ、偽りなんてない。時間は掛かってしまうかもしれないけど、またこうして5人が集まって、ちっぽけで壮大な小島での冒険を敢行する日を願って——以上、マーダーミステリー【まだ刻まれていないミステリーボードの巡り合わせ】……閉幕です。お疲れ様でした』

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