第44話

 耳鳴りがするくらいの沈黙が垂れ流れる。

 あまりの急展開に、サイの言ったことへの整理がすぐに付かなかったせいだ。

 ウネ視点、ヨコ視点、フラ視点の全てで、サイがメグへの刺傷に介入することは困難だと共通認識だったはずなのに、しかも仮に犯人だったとしても逃げ切れる盤面だったのに、サイ自ら犯人だと自白するメリットがどこにもないと。


「……まあ、そういうことだから」

「あ、え、あ、サイ……え?」


 言葉にならないウネのセリフの原石たち。

 それも当然だ。彼女視点だと、控え室にて犯人扱いされたのにも関わらず、その相手のサイがいきなり自分が犯人だと名乗り出たのだから……この展開はもう大混乱だろう。


「僕からは以上だ」

「いや……いやいやいや待ってよサイっ! えっ? 何を言ってるの? 私もフラもウネもサイは疑えないし、犯人候補からも外してるんだよ!?」

「……何のつもりなんだ? それ、もし冗談のつもりなら全く笑えないからな?」


 仰天しながら発言の意図を汲み取りかねているヨコと、淡々と冷徹な問い掛けとともに睥睨を向けているフラ。

 2人とも対応の仕方は異なるけれど、全く疑われてもいないのにいきなり犯人だと自白したサイのセリフに苦言を暗に呈している。


「何を言っているでも、冗談でもねぇよ。僕がメグを刺したっていう事実を白状したまでた」

「……そんなわけないだろ。サイは確かにナイフを持ち出すことは簡単だろうが、メグと対面するタイミングがどこにも無いし……そもそも俺のバッグの中にナイフがあるなんて知らなかったはずだ」


 フラの指摘に、ウネもヨコと同意するように頷く。この中で唯一予定便に遅刻したことが功を奏して、凶器となったバタフライナイフの在処も存在をサイは知る術がなかった。

 これでサイがメグを刺したというのなら、それこそとんでもないレアケースだ。幾多の偶然の産物が奇跡的に組み合わさる必要があるだろう。


「……たまたま、ナイフを見つけ出して、これは使えるなって利用したんだよ」

「はあ? じゃあ俺がバッグ元々どこにナイフを収納していたか、今すぐに言い当ててみろよ」

「それは……適当に漁ったから覚えてねぇよ——」

「——答えられないはずがないし、覚えていないなんてことはないはずだよ。だってナイフは一度取り出しているせいもあって、ボストンバッグの外ポケットにしまったんだからね。これでサイが犯人だと主張したとき、ナイフのことも知らないフラットな状態で印象に残らないわけがなくて、覚えていないなんてことはないよね?」


 ここではフラがナイフを一度取り出したというのが肝になるだろう。久々の帰省とサイ宅への宿泊のために荷物を詰め込んだボストンバッグは隙がない。だから再度入れ直すにしても、どうしても手短なところに押し込むだけになってしまう。

 今回の場合は外ポケットで、しかもファスナーを開けば容易に入手出来るわけじゃなくて、ポケットティッシュやハンドタオルに保存食などの雑なカムフラージュを避けないと手に入れられない。

 そんな最中に、バタフライナイフなんてものが発掘されたとするなら、何も知らないサイ視点だと鮮烈な印象が残りやすいはずだとフラは言いたいようだ。


「……仕方ねえだろ。覚えていないもんは、覚えていないんだよ」

「まだしらを切るつもり? じゃあサイの言う通りだとしてだよ……サイはどこでメグを刺しているの? 俺が長らくメグと一緒に居て、ウネが玄関口や外をうろついていたと推測出来て、校舎裏から奇襲を仕掛けるにしたってヨコが準備室に潜んでるから不可能だ。サイが刺さる位置も時間も、どこにもないよね?」


 もうとっくに示されていた白証明。

 サイには、実行に移す経路が無い。

 ウネ、ヨコ、フラの共通認識ですらあった。

 なのにも関わらず、仮にサイが犯人ならウネに疑いが向いていることをほくそ笑むタイミングで、わざわざ犯人であると名乗り出る意味も分からない。


「……天井から、忍び込んだんだよ」

「それは無い。この学校は天井に登ると目立つ。外には俺とウネが居たときがあって難しいし、そもそもそんな人が入れるような隙間があるなら、雨漏りでもしているだろ……今日は俄雨が降ったしね?」


 苦し紛れの証言も看過される。

 サイが喋れば喋るほど、犯人じゃ無いであろう確率論が生まれてしまう。


「……そうかよ」

「あのさ……もしかしてサイ、ウネのこと庇ってる?」


 小さく挙手しながら、ヨコが核心を突く。

 サイはもう反論のしようがなくて、俯き気味に無視することしか叶わない。


「そうじゃ無いと……変だよね?」

「俺もヨコと同意見だよ」

「だよね。ここで犯人だって言う必要って、犯人であっても言わないもん。バレたく、ないだろうし」


 ヨコの言い分は半分合っていて、半分は外れている。サイはウネだけを庇いたいわけじゃない。


「となればサイには悪いが、ますますウネが怪しくなってしまうけど……」

「私もそう思う。あとこれ以上、サイと話をしても時間を取られるだけだから、ウネの話に移りたいかな?」

「……そうだね」


 ヨコとフラの関心は、庇うために嘘を言ったサイからウネに変わる。

 するとウネは、2人に対して不敵に微笑んでみせる。


「みんなとしてとメグに逢いに行きたいだろうし、早く終わらせたほうがいいよね——」


 そう晴れ晴れとした口調でウネが言う。

 それは犯人じゃない証明をするというよりは、何もかも諦めたようにも映る。

 命運を握るウネの刃先。

 徐にウネはサイを一瞥して……かぶりを振りながら、重い口をゆっくりと開く。


「——私が……メグを刺した、犯人です」


 奇しくもサイと同じ、犯人である自白。

 これでサイ以外の全員が、ウネの犯行であると述べ終え、結論付ける。

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