第39話

 ウネは唇を開いては、また閉ざす。

 どう反論すればと戸惑っている様子だ。

 これは咀嚼するまでもう少し時間が掛かりそうだとサイは判断し、補足で間を繋ぐ。


「ちなみにこれは、ヨコが僕を犯人から弾いてくれた理由と大体おんなじだな……僕の逃げ場はウネとすれ違ったことで塞がれていて、一応行けなくはないけど、安全策は間違いなく準備室だ。でも、もしもそこを使っていたならもれなくヨコと鉢合わせて、すぐに犯人だとバレる……あんまり犯人視点に立ちたくは無いんだけど、そうなっちまったらとんでもなくアンラッキー……としか、言いようがねぇな」


 サイは犯人の場合なら、きっと準備室は経由しただろうなと、よこしまな企みを胸に仕舞う。

 それくらいに逃走手段としても、隠密手段としても最適解でしかなくて、体育館からバタフライナイフも手中に収めながらひたすら機会を窺う計画的殺害未遂なら尚のこと、そのルートを辿らなかった犯人の思考回路を疑いたくなる。


「アンラッキー……か。サイは一体どっちの味方をしているのかな?」


 ようやくウネが言葉を発した。

 どっちの味方というのは、サイが犯人視点を考慮した語り口調だったせいだろう。

 誤解のないように、サイは訂正する。


「僕は……特定の誰かの肩を持つことをする気がないだけだ」

「なんだ? 自分だけとか、言わないんだね」

「そこまで薄情じゃねぇよ。それで、どこまで話したっけな——」


 サイは予め纏めていたはずの推理を思い出す。メモを隠し見るように手元をそれとなく一瞥しながら、再びウネが犯人である確率が高い論理を述べ始める。


「——とまあ、ここまででも僕は十分にウネが犯人なんじゃないかと薄々感じていたわけさ。だってメグの事件の犯人なら、準備室を利用しない手立てはない……なんせ簡単に隠れられて、逃げられもするんだからな。つまりその部屋を使わなかった……いや、使うとバレてしまうと分かっていたであろう人物が筆頭だとな」

「でも、それで私と決め付けるのは違うんじゃないの? サイがどうかは知らないけど、まずフラの場合はさっさと校舎を出たくなって、素直に玄関扉を使っただけかもしれないし。ヨコの場合はメグを刺してから一旦準備室に逆戻りした後に、また教室に行き第一発見者になって時間の偽装を試みたのかもしれないじゃない。早計よ」


 ウネの指摘は間違っていない。

 というより。現状4人の誰でもメグを刺せるし、完全にアリバイの裏付けが取れる人物もいない。

 そもそもメグの自殺未遂だって完全否定にまでは至っていない。ありとあらゆる思念が複雑に入り乱れていて、糸口が明確化されないままだ。


「そりゃあな……」

「なら……」

「でもなウネ。それでも僕視点は、ウネを疑わざるを得ないんだ。だってフラとメグは教室に長々と話し込んでいて、その様子をヨコが見ている……って言ってたよな?」

「そうだけど」


 サイからの限定的な全容なら、メグを刺した人物はどうしてもウネの確率が高い。

 しかしウネが犯人じゃなかったときも無きにしも非ず。そのときはもうこの議論は難癖でしかない。

 だけどまだ、犯人と彼女に告げた理由の全てを述べたわけじゃない。ならばそれらを言い切ってからでも、例え推理が大外れで恥をかいてからでもいい。いっそ外れてくれた方が良いまであるし、このまま有耶無耶にするなんて、誠実さに欠けるとサイは思う。


「このヨコとフラの証言って、かなり不確実性を帯びている気がするんだ」

「不確実性? さっき言ってたこととも関係があるのかな?」

「ああ……もう一回おんなじことを言っているかもしれないが、この場合ってフラがメグを刺していたらヨコに見られているかもしれない……これがさっき言ってたことだ。そしてもう1つ、運良くナイフを手に入れることが出来て、準備室に身を隠していたヨコがメグを刺そうと思っていたら……教室にメグが残って、フラだけが立ち去るっていう動きは、聴き耳だけでは読めないはずなんだ」


 ヨコが準備室に潜んでいたとなるとしたら、2人の動向は部屋同士の近さからも視覚ではなく聴覚に頼る。そうすれば準備室に隠れていることがバレない……というより、準備室に居ると知られた瞬間にヨコの全ての意図が破綻するから、そんなことはしないと考えるべきだ。


 そうなれば扉の開閉音と、届くかどうかも定かじゃない会話の一部に依存するしかないが、まず扉の開閉だけでフラのみが教室を後にしたと特定するのは困難で、普通にフラとメグが一緒に教室を出たと判断したっておかしくない。

 それに2人の会話が届いている場合なら、その間に頭が冷えそうなものであり、また現場状況からフラとメグはヨコ視点でメグだけにヘイトが向く話し合いをしていたことになる……ヨコが犯人だとするなら、フラとメグの両方を手に掛けた方が自然だと思う。


「だったら……無差別だったりも、するんじゃないの?」

「……本気でそんなことを、思っているのか?」

「なくはないでしょ?」

「ウネがそう言うなら尚更、僕はお前を犯人だと思考ロックすることになるぞ……ウネも含めてヨコもフラも、無差別で身勝手にメグを刺すようなヤツだとは、長年一緒に遊んでいた僕としては絶対にないと言い切れる……そんなわけないだろ」


 幼少期から一緒の日々とは、楽しさや悔しさを経験として学ぶと共に、お互いの格差を知らされることにも直結している。

 なのに今更無差別なんて、そんなこと有り得るわけがない。必然的に理由があっての犯行だと、サイは怒気を抑えるように唇を結ぶ。

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