第40話
怪訝な視線をそのままウネに浴びせる。
それはウネがメグを刺した犯人がどうかなんて関係のない、純粋な少年少女だった頃からの絆の根幹を揺るがすような一言を今すぐ取り消せと、暗に訴えている。
「……そんな怖い顔しなくてもいいじゃない」
「悪かったな、生まれつきこんな顔なんだよ」
「知ってる……だから、私が知っている以上に、険しくなってたから、言ってる」
「……そうか」
怖い顔と指摘されたとき、どうやって修正して良いものか分からなくて、一先ずサイは無理やり口角を吊り上げることにする。
付け焼き刃の笑顔なんかで相殺出来るかどうかなんて甚だ疑問だけど、これ以上控え室に嫌悪を持ち込むのも良くないと作り上げる。
「だからって、無理に笑みを浮かべようとするとキャラがブレるし……おかしいよ」
「なんだよ……お見通しかよ」
「そりゃあね。何年一緒に居ると思っているのよ」
「……居た、の間違いだろ。この場合」
少なくとも2年間にも及ぶ空白の時間がサイとウネの間にはある。
しかし心情的には、そんな垣根は皆無。
易々と忘却してしまうような関係性では、とっくの昔に無くなっている。
「……とりあえず、ヨコとフラを犯人じゃないかもしれない不確実性というのは私も分かった。それと必ずメグを狙った理由があることを付合するならば、2人が共犯だったり、口裏を合わせていない限り、難しいってことだよね?」
「そうなるな。偶然か奇縁か、ヨコとフラはお互いの行動のおかげでメグを刺すことが困難になっていて、前提としてヨコは体育館に戻ってナイフを持ち寄ることが僕視点もウネ視点もほぼない……そのヨコが、衝動的にフラがナイフで刺したことを否定してる。1番濃度が高いのは、やっぱり共犯くらいだろうな」
粛然としたままサイは述べる。
しかしサイとしては、あまり共犯の線を疑いたくはない。だってそれは、メグが2人以上から殺意を抱かれていたことと同義だからだ。しかもただの2人じゃなくて、過疎化進む小島で数少ない同年代の幼馴染み。
もちろん仲違いだったり、メグとの遺恨が生じた一件はある。だけど共謀して計画的に殺害を企図するかといえば……ないと信じたい。
「そうなるとサイとしては、消去法で私になっちゃうってことか。そっちの言い分を引用するなら、ヨコ、フラ、メグの3人の動向を把握出来て、フラが先に教室を後にして、ヨコが準備室で眠っているのも分かると。そしてメグだけを狙って襲撃もしやすい。唯一の誤算がサイで、玄関口で出会ったのが不運……こういう推理なのかな?」
「消去法っていうのが正しいかどうかは分かんねぇけど、概ねその通りだな。あともう一個……これが、ウネを疑っている決定的なモノがあるんだが……言ってもいいか?」
「え? 決定的……?」
そう困惑気味に疑問符で返答するウネに、サイは申し訳なさそうに首肯する。
それは決定的なんて大それたイメージと翻されたようにシンプルで、危うく思い込みでスルーされたままでも不思議じゃないウネのセリフ。
何度も反芻した。
念入りに確認もした。
あのとき、あのタイミングでの発言を。
その形状での表現技法を。
でもやはり、そのセリフがウネから発せられるのはどうにも不自然で、同時に犯人だからこその視点が透けているんじゃないかと言う結論に至るしかなくなる。
サイはおそるおそる口を開く。
これが最後のチャンスだと。
「なあウネ。メグってどんな風に倒れていたか、想像が付くか?」
「えっと? いや、私は見てないから何とも言えないけど……フラの折り畳み式のナイフが腹部に刺さって仰向けに倒れているんでしょ? そんなの——」
「——やっぱり、そうか……」
改めて聴いても違和感は拭えない。
だってウネはメグを見ていないはずだ。
それこそ……犯人じゃない限り。
だけどその表現は、倒れたメグを実際に視認していないと、そのような言い回しにならないものだ。
「……やっぱりって?」
「ウネ。お前、ウネが腹部を刺されて倒れてるって言ったな?」
「そうだけど、それがな——」
「——倒れたメグの状態を見ていた僕も、ヨコも……メグがお腹を刺されていたなんて、一言も言ってないんだよ……」
「……っ!」
メグはバタフライナイフで刺されて仰向けになっていた。最初にヨコはそう言った。特定の刺傷箇所を意図してか否か不明だが隠していた。なのにウネはすぐに腹部を刺されていたと言及したことをサイは覚えている。
「……反論とか、ないのか?」
「嘘……お腹じゃ、なかったって言うの?」
震わせた声でウネがサイに訊ねる。
どこか怯えているようにも感じる。
「いや、そこは合ってる……合っているから変だと言ったんだよ。確か……このことを知らないフラは、身体を刺されていたなんて言い方をしていた……アイツの性格的に部位を訊けなかったんじゃねぇかな」
「身体……」
「まあそれは後でいつでも訊けるから置いておくとして。ウネに対して僕がおかしいと感じたのがその腹部を刺したと言い当てたこと、そして少なくとも僕にメグの状況を全く訊きに来なかったこと。刺された箇所なんて他にもあるし……それこそ仰向けだから心臓を突いたなんてケースもあった。なのにも関わらず、ウネはメグがお腹を刺されたことを知っていたかのように話を進めていた……これはウネが犯人だからこその視点透けだと、僕は考えているんだけど、どうなんだよ?」
「……っ」
それからしばらく、ウネの返答はなかった。
痛ましい静寂が控え室内を浮遊する。
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