第38話

 ウネがどういう反応をするのか、サイはそれとなく伺うようにして見遣る。

 件の彼女は無言でどっちつかずに、ただただかぶりを振て応えるだけだった。


「んーとまあ……ヨコの話になっちまったが、ウネはその後にも疑問に感じる部分が多々あって……」

「……まだ? どこよ?」

「これは単純にウネの行動について、なんだけどよ——」


 ウネの行動経路自体には、そこそこ怪しいところがある。けれどウネよりもフラが容疑者として追求されていたのは、ウネが校舎に侵入出来たところで、メグの刺すタイミングがほとんどないからだ。


 校舎には長々とフラが教室でメグと対話していて、その教室と対面にある準備室にはヨコが居る。つまりどちらかと遭遇するリスクが高過ぎて、刺し殺すことを予め企図していたとしても難しい。


 だからこそウネの精査は杜撰だった。

 けれど冷静に考えさせ出来れば、かなり不可解な動きだと……もしかしたら偽装を行なっているんじゃないかなんて疑惑をすぐに指摘出来たはずだ。


「——ウネは僕の後ろ姿を見た。そして何故か僕と同様のルートを辿らずに、逆側のルートを使って校舎裏に向かった……ここまでは合ってるな?」

「そうね。確かに体育館やプールのある方向から校舎裏へ行く方が時短で済むから、私が無駄な経路を踏んでいてややこしいのは理解出来る……でも、それはメグのことと何にも関係ないはずよ。ただただ私が損する道順を踏んでしまっただけじゃないの?」


 ウネの言い分はもっともだ。

 おかしくこそあるけど、謂うなれば登下校時の寄り道と同じような行為でしかなくて、特段問い詰める必要は本来ならない。


「そうだな……あくまで、経路に限った話をすればな」

「限った話? 他に何があるって言うのよ?」

「お前さ……校舎裏がどうなっているか言えるか?」

「……え?」

「いや、僕も行ってるからさ。どんな風に変わっているか言えるなら、確証が取れるかもしれないって思ってな」


 この質問の意図は単純かつ意図は明快。

 本当にウネが校舎裏に赴いたのか否か。


「ああ……畑にも小屋にも何にも育って無かったね。私たちの植木鉢は……あれ、どうしたんだっけ?」

「そのまま置きっぱなしだったぞ」

「あー……その言い方は違うね。私たちは各々で持ち帰ったはず。校舎裏には無かったよ」

「……引っ掛からねえか」


 ウネが実際に校舎裏を経由したかどうかはともかく、このブラフに失敗した時点で、校舎裏に行ったか否かの精査に関して、これ以上の追求は無意味だ。

 というより、そもそも間違えていたところで記憶違いとか、たまたま見逃していたなんて言い訳も出来る。だからあわよくばサイのブラフにウネが引っ掛って、失言でも零さないかという期待は物の見事に呆気なく崩れ去る。


「……と、そんなことはどうでも良いんだ」

「どうでもいい質問をしている場合じゃないでしょ」

「いいや、それがあるんだよ」

「……なんのことよ?」


 ウネが校舎裏に向かったかどうかは、正直どうでもいい。けれどその道筋の過程に於いては、メグへの付け入る隙を発見するに至る状況だったんじゃないかとサイは思う。


「ウネは僕と逆ルート……つまりは教室があるルートだ。その教室はフラとメグが居たし必然的だろうが、元々全部屋で閉ざされていたはずのカーテンが開かれていた。ウネはそのことを知っていたよな?」

「ちょっと待って。それ……本当に教室かどうか分からないって言ったでしょ? そもそも私はフラとメグが教室に居るなんて知らないし」

「ほう……でも開かれていた部屋があったんだろ? その部屋は教室と……どこだった?」

「え? あ……そういうことね——」


 そこまで言い掛けて、ウネも気付く。

 カーテンが開かれた部屋が教室でない場合、もう一方がどの部屋になるのか。

 そしてその部屋には……誰が居たのか。


「——サイは。私が犯人だったってときの場合、ヨコの位置をこのときに把握していたって言うのね」

「ああ。このとき、教室を把握するならばフラとメグを、もう1つの準備室ならヨコの所在を割り出せる……余談だが両方知っていたまであるがな」

「へぇ……確かに一理ある。でもそれって、私がヨコの居場所を知っていたからなんなのって感じするけどね。そこまで重要じゃないでしょ?」

「いいや? そんなこともないんだよ、これが——」


 意地悪い笑みをサイが浮かべる。

 確かにウネの言う通り、ヨコの居場所自体はとっくに本人から知らされているし、ウネが友達のヨコを容疑位置から外そうとしたなら黙殺していてもおかしくない。

 でもこの情報を知っているかどうかで、とある行動を迷わず回避出来る。それこそがウネが犯人ではないかと至った心理的根拠。


「——このメグを刺した事件の犯人は、何故かとある逃走経路を利用しなかった」

「逃走、経路……」

「そうだ。教室でメグを刺したのなら、すぐにその場を離れたい。けれど玄関口まで戻るのは本来リスキーだ。となればもっと安全な方法がある。それは……準備室で身を隠す、ないし準備室の窓から逃げることだ……これが真っ先に浮かぶんじゃないかな……まさかそんなところにヨコが潜んでいるなんて、思いもしないだろうしな?」

「なっ……」


 サイの推理は、あくまで心理的な精査だ。

 確定的確信的なものでは決してない。

 だけどフラが犯人だった場合にも、ヨコが犯人だった場合にも、それこそサイが犯人であった場合ですら、こんなに手短にある逃走経路を、見逃すはずがない。

 しかしスルー出来る理由が1つある。

 事前にその部屋に、ヨコという先客が居ると知っているときだ。

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