第37話

 何故なら同船していたであろうヨコからも、フラからも、誰かのバッグを弄っていたみたいな証言も、不審な行動を目撃したとする情報も、ナイフの一件以外には落ちていない。逆にメグが高校で順風満帆な生活を謳歌しているなんて、ほのぼのとしたお話しが挙がるくらいだ。そんなにも緩やかな雰囲気だったとき、人間の一挙手一投足は相対的に悪目立ちしやすくなる。


 それでも。もしもウネ、ヨコ、フラの3人が共犯でメグの刺傷に関与した場合、サイとしてはどうしようもない……が、その線は追えない。


 サイは過去の5人の友好を、こんなことになってもなお、未だに信じている。

 同年代で仲良しで、大体いつも一緒に遊んでいたみんなのことを。


「僕が体育館にしばらく残って、他4人がそれぞれ学校を探索するために体育館を出た。恐らくそれからすぐにウネ、ヨコ、そしてメグの3人が校庭の遊具……ブランコとタイヤの辺りに集まっていて、フラが真っ先に校舎内へと向かったと思う。その3人から一抜けしたのがメグで、メグがフラと約束していたのかどうかは聴きそびれて定かじゃないが、どちらにせよ寄り道無しに校舎へ入ったんじゃないかなと、時系列を加味すればそうなる……ここまで、疑問点とかあるか?」

「あったとしても、後でいい。今はサイの話が聴きたい」


 口調の起伏も乏しく淡々とウネは返す。

 どう反応すれば良いのか分からず苦笑しながらもお言葉に甘えて、サイは更に続ける。


「お、おお……えっとだな……メグの後にヨコともその場で別れて、ウネは遊具のところで彷徨いていた。それからしばらくして校舎裏に向かおうとしたところで、体育館を出る僕の後ろ姿を見ている」

「うん」


 このことに関して、サイはウネに見られているなんて知らなかった。きっとウネからの視認情報として提示されていなければ、ウネを疑いはしなかったかもしれない。なんとも、皮肉な話だ。


「ならそのあとにウネが体育館に入って……フラのボストンバッグから調理用のバタフライナイフを入手するには余りある時間になる。多分だけど、メグとヨコがどこに向かったのかも、お前分かってただろ? なんせ遊具からの見通しはかなり良くて、校舎に誰が入って行ったかも分かる……なのにウネからそのあたりの証言が無かったことが、同じところに行って、改めて眺めた僕としては結構不思議だった」


 ウネとヨコとメグが集まっていたブランコとタイヤ飛びが設置された場所からは、グラウンドの白砂と共に校舎の玄関口も鮮明に映る。なのに最後に残っていたウネから、メグとヨコのどちらともの行動経路が明示されないなんてことがあるのかと、サイは引っ掛かりを覚える。


「……それに関しては普通に見逃してただけだよ。私も自分の世界に浸りたいときくらいあるし」


 当然ヨコもメグの経路そのものを述べていないし、ウネがぼんやりと、うっかりとしていたとか、視力の問題でサイほど遠くを見通せないことだってあり得るだろう。

 例えば実際の事件の容疑者目撃情報にしたって、服装どころか配色まで勘違いされたまま世の中に出回ることだってある。完璧な視認なんてものはないのかもしれない。


「……そうなるよな。でもだ、ウネはその後に僕の後ろ姿を見たって言った。それ即ち、ヨコよりも、フラよりも、メグよりも、ウネこそが誰にも気付かれず体育館に入れることの証になるんじゃないか?」

「そんな、飛躍し過ぎじゃ——」


 この証言は、サイとしてはとても重要だ。

 なんせまだ凶器がフラが所持していたバタフライナイフだと確定する前のものだから。

 つまり、のちのち体育館に出向けたかが争点になる前の、修正が効きにくいウネによる純粋な発言で、これが虚言である確率は低い。


「——いいや。ここに関してはもう、僕とウネの対抗になるはずだ。強いて挙げるなら、その時間にフラとメグがコンタクトを取っているはずだからヨコが居るが……そうするとヨコがどうやって第一発見者になるんだって話になる」

「というと?」

「ウネとヨコが別れたときはまだ僕は体育館に居たから無理だし、その後にもしヨコが体育館に入ったとしてもウネが近くに居る。あと悉くを掻い潜ってフラのバッグから運良く調理用ナイフを持ち出せたとしても、校舎の玄関口は僕とウネが塞いでいて、それ以前にはフラが通過したはずだ……体育館にヨコが立ち寄った場合って、誰かに見られている確率ばかりが高くて、一切視認なしに第一発見者になるための経路って……ほぼ無いと思うんだ」

「それはサイの感覚の話でしょ?」

「……感覚でも僕の考えだ。あと、仮にメグを刺したのなら第一発見者にならず、そのまま準備室に潜むか、その窓から外に出て逃げそうなものだけど、違うか?」


 フラが疑われていたときにも少し議論に触れられていたけれど、他者の身体を刃物で刺した自覚があって、遁走する心理が働かないわけがないとサイは見当を付ける。

 その場に留まり続けて第一発見者になっても間違いなく容疑者候補になり、バレたらお先真っ暗になる焦りが皆無なわけがなくて、常に切羽詰まった状態。

 ただの未成年が刃物で他者を刺したのに、わざわざ堂々と第一発見者になろうとするのは、なんとも肝っ玉が座り過ぎというか、強心臓が過ぎる。もちろん絶対無いとは言えないが、心情をサイ自らのことのように当てはめて考えてみる……やはり、とても難しいと思う。

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