第36話

 別室へと移動して、体育館中央付近に残した2人に聴かれないように扉をしっかりと閉めた後、サイは事前に思い描いたロールプレイを無事にこなせるようにと一息吐く。

 ここからは脳内にて順序立てた推理及び詰問を、出来る限りやんわりと伝えるだけ。

 仮に間違っていたら申し訳ないじゃ済まないし、反感を買うこと請け合いの最低な行為だ。それでもサイとしては、このメグの刺傷……殺人未遂の犯人を知っておかなければならない。


「悪いな。わざわざこんな狭い部屋に呼んじまってよ」

「……用件は何?」

「ああ——」


 サイのことを訝しんでいる返答。

 いや。今は顔を合わせていないから、本当に訝しんでいるのかは不明だ。

 でもなんとなくというか……最も付き合いのある相手だからこその直感というか、都合が良いのか悪いのか、長年の経験則が皮肉にも働いてしまう。


 そうしてサイは振り返る。

 面と向かって伝えるべきだと考えたから。

 サイと彼女の視線が交錯する。

 少しだけ、悲しい顔をしていた。


「——率直に言うぞ。お前がメグを刺したんだろ………………………ウネ」

「……っ」


 控え室でサイと対峙する……ウネは、犯人扱いをされているのにも関わらず、一度だけ長々と双眸を閉ざした以外は比較的堂々と立ち尽くしていた。


「……反論とか、ないのか?」

「ここで違う、私じゃない、なんてムキになって返したら、それこそ疑わしくなるでしょ?」

「他のヤツならそう感じただろうな……でもウネの場合に限れば、みっともなくムキになってくれた方が、僕は信じられたと思う」

「どうして私だけ例外なのかな?」

「なんだかんだで付き合いが長いから……って言いたいところだが、お前の母親に、何かを隠しているときこそ変に冷静だって、聴いたことがあったから……」

「ふ……なにそれ——」


 こういうのはアンフェアで、もしかするとメタフィクションにもなるかもしれない。必死で隠してきた事を、論理的に喩えられない理屈で詰める。

 だけどそのようにすぐ所感してしまった。

 そこを偽ることは、この状況では出来ないし、したくもない。


「——まさかサイは、そんな感覚だけを頼りに私を疑っているの? それじゃあ仮に私が犯人だったとしても、素直に頷けはしないよ?」

「……だよな。でも、話すと長くなるし」

「ふーん——」


 するとウネは暫し思案したのち、閉ざされたばかりの扉に凭れ掛かる。

 その行動は、サイに何を要求しているのかが一目で分かる。


「——なら、ここで話してみてよ。ヨコとフラには悪いけど、私としてはここで時間を潰してくれても良いからね」

「……なんかその言い方、捉えようによっては自供扱いされかねないぞ?」

「違うよ。無根拠で犯人扱いされるのか癪なだけ。それにここで切り上げるのもスッキリしないし、メグのところに行くにしたってお互いに警戒したままになる……そんなの私のためにならないし、サイだって嫌でしょ?」


 先に言われてしまったが、サイとしてもウネの意見に対して同感だ。

 こんなところで打ち止めに出来るわけがないし、ウネに犯人だと切り出した時点で、もとよりそのつもり。

 あくまで断りとして、長くなる旨を伝えたに過ぎない。


「それって診療所に行きたくないだけじゃないのか? メグが生きていて、刺したことがバレるのが嫌で……とか?」

「サイ……もう与太話は良いよ。さっさと本題に移ろうか? 時間が潰れるのは良いけど、モヤモヤとした気持ちを引き摺るのは、ちょっと嫌かも」

「……せっかちだな。まあでも言われた通り、それもそうだな……ヨコとフラも待っているわけだしな——」


 サイとしては、このまま話が脱線してくれた方が気楽だった。いつかの他愛ない軽口の延長線上のような暇つぶしを、思い出の詰まった校舎内で大仰に語り明かす方が、冗談交じりに好きなものでも明かし合う方が、絶対的に幸せだから。


 ましてや相手があのウネ。

 付き合いの長さはもちろんのこと、人となりもよく知っていた。なのにこんな疑いを向けるのは……想像するだけでも、やはり気が引ける。

 なんだが2年間のうちに更に、大人の女性の風貌を漂わせる彼女を否定する気がして、幼少期からの関係性までも無碍にしてしまうかもしれない罪悪感。数々の思い出の亀裂に苛まれる。


 それでも犯人として疑惑の矛先を向けた以上、その理由を述べなければならない。

 流し見る限り、ウネはサイの推理を受け入れるつもりでいると分かる。もう引き下がることなんて、取り下げることなんて出来ないし、出来るわけもない。


「——ならまずは。ここに辿り着いて、各自で校舎敷地内を巡るために別行動をした後あたりから、順々に追って話すけど——」

「——うん。サイ視点だと、私たちよりも遅れて小島に到着したんだし、そこからになるのは私も納得。続けて」

「……ああ、分かった」


 ウネが犯人とするサイの推理に明確な大穴があるとするなら、遅れて合流するまでの時間に既に、メグを刺す計画が進行していた場合だ。

 これが是正されるとなると、もうサイの推理はたちまち妄言と成り果てるだろう。しかしそんな蓋然性も低いとも考えている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る