第35話

 サイは一旦、体育館の中央に戻る。

 そこにはウネ、ヨコ、フラが既に荷物を持ち寄り、相変わらず難儀な顔色をしている。

 恐らくは控え室で考え込んでいたサイを除いた3人だけで、メグの刺傷に関する意見交換を行なっていたらしい。

 そうじゃないと、きっとここまで話が弾まないなんてことはないから。

 完全にフィーリングでしかないけど、サイには分かる。みんながあれこれ錯綜させていると。


「あ、戻って来た」

「おお……ちょっと狭い部屋で引きこもりたくなってな」


 真っ先にヨコが気が付いて、ウネとフラも釣られてサイの方へと身体を向かせる。

 そんな視線がなんだか居た堪れなくて、なんとなく手を謙虚に挙げて応える。その様子を例えるなら政治家が報道陣に向けて歩きながら行う簡単な挨拶のようで、なおざりでぎこちない。


「何言ってるの……って、普段なら返すだろうけど、1人で考えを纏めたくなる気分は……この件に限っては、分かる……」

「分かるのか。まあ、それはそれで僕も助かるんだけど」


 ウネによる突然の共感に虚を吐かれ、サイは若干後退りしつつも、誰かに少しでも感情や行動心理を受け入れて貰えるのは悪い気はしないと思い、素直に受け入れ返す。


「長々と別室で何してたのー? もしかして、私たちとの会話拒否……なわけないか。この中でサイがかなり推理を伸ばしていた印象だったしね」

「そうか? 結構みんな同じくらいに包み隠さず雄弁に語ってた感覚だったけど……」

「んー同じくらいかどうかは俺には分からないけど……サイが1番、ヨコやウネや俺、それにメグのことへの精査を纏めてくれてたと思うな」

「……大袈裟だよ」


 照れ臭さを隠すように、サイは3人への視線を逸らし、アナログ時計の円弧の枠組みを感慨もなく眺める。


「ふふ……サイはいざっていうときは、役に立ったり立たなかったりするからね」

「それ結局どっちなんだよ、どっちかがめちゃくちゃ重要だぞ、僕の中で」

「はあ……何でその能力が勉学に活かせなかったのか——」

「——役に立ったり立たなかったりする曖昧な能力が勉学に活かせたら最高だな、おい。すげー運が良いってことだろ?」

「違うよ。状況の要点を纏める方」

「……そりゃあ、たまたまだろうよ。僕視点がきっと、客観視しやすいってだけだ」


 このメグの刺傷に限れば、サイは3人の誰からも疑われてにくいポジションで、尚且つ体育館で別れた後から刺されるまでの間のメグと唯一接触していない人物だ。

 容疑位置に入りにくく、もしかしたらメグの事件を未然に防げていたのではないかなんて悔悟かいごのしようもないからこそ、雑然なく俯瞰して全員の精査に踏み込めたのが要因だ。


「そうか?」

「そうだよ。きっと立場が逆だったら、僕がこんな風には行かなかったはずだ」


 犯人かもしれないという疑惑の目を晴らそうとしなくてよくて、メグと逢っていたあのときに呼び止めていればと振り返ることもない。そんなアドバンテージが誰よりもあっただけで、大したことではないとサイはかぶりを振った。


「んーまあ……無駄話はこれくらいにしとこうか——」

「——うん、そうだね。これからみんなどうする? やりたいことがあるのなら、今しかないよ?」


 もう時期、校舎敷地内を後にする。

 謂うなればこの瞬間は、総意を統一させるためのフェーズだ。

 診療所にて治療を受けているメグの容態を、どちらであれ受け入れに行かなければならない。


 散々メグを刺した犯人は誰か、はたまたメグの自殺未遂だったのかと言葉交わして来たけれど、別に明確な結論を下さなくたっていい。そうすることだって、彼ら彼女らに与えられた権利だからだ。


「私はもう決まってる」

「……俺もかな」

「おお、偶然。あとはウネとサイが良ければ、ちょっとだけ私のことを話して……メグに逢いに行こうと思ってる……覚悟は決まったよ! フラは?」

「メグに逢いに行くつもりはある。けど、ヨコみたいに覚悟なんかなくて、生半可な気持ちかもしれないけど……あと、変わらず俺が疑われているみたいだから、その弁解もなんとかって感じ」


 メグに逢いに行くということは、最悪の場合メグが死んでいるかもしれないと承知した上での心持ちが必要となる。

 以前に不安を吐露したヨコも、弱音を吐いたフラも、メグの安否を、生死を、ちゃんと聴き届ける勇ましさを告げる。


「そう……なら私とも同意見ね」


 そんな勇ましさにウネも続く。

 メグが倒れていた教室の現場を見た後に、痛々しい感情が溢れていたであろう彼女も、現実を受け入れると言う。


「……大丈夫そう?」

「大丈夫だよヨコ……って言いたいけど、正直かなり怖い。どうなるか、分かんないから」

「……そ、そうだよね」


 知人であれ友人であれ、どこかの誰かであれ、人間の生き死に立ち会うのには恐怖が付き纏う。それが他人事じゃないから、いつか自らにも起こり得ることだから。


「それと、私はあんまり自分の行動を話せていないから。もう少し明確化したいと思っている……残りはサイだね」

「僕は……——」


 ヨコもウネも、そしてウネまでも、メグの現状を受け入れる結論に至っている。となると流れでサイにも、どのように考えて問い掛けるのは自明の理だろう。

 それはもうメグを刺した犯人が、残された時間で判明しようとしなくとも、揺らぐことのない信念が感じ取れた。


 もちろんサイもメグに逢いに行くつもりだ。隠すこともないし、また後ろめたいこともない。あと別感情も損得勘定に含めれば、もしここで渋るような発言をすれば、それこそメグを刺したとサイが考えている犯人の思う壺だ。普通なら、そんなことしない。


「——嫌だ。まだメグに逢うつもりはない」

「……えっ?」

「なん……いや、まだってことは、時間が欲しいってことか?」

「ああ……」

「そう受け取ってもらっていい……あと、少し2人で話したいことがある。一緒に控え室に来てくれるか?」

「え、あ……それは、いいけど」


 そのままサイは、さっきまで居た控え室へと踵を返す。メグを刺したと考えている容疑者を、適当な口実で引き連れて。

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