第33話

 この掴みどころのない部分がどこか、ここには居ないメグの性格詳細を彷彿とさせる。彼女は何を考えているか分かりにくいところがあって、誰かが一歩踏み込めば、必ず一歩以上は退がる難儀なタイプの女の子だ。

 そんなメグが刺された動機。

 サイは個人的な目的のために割り出そうと心に決める。


「あっ、はいはいっ! 私からいいかな?」


 そんな思考回路に現を抜かそうとした瞬間、シリアスムードには相応しくない伸びやかな口調でヨコが右手を挙げている。


「どうしたの?」

「えっとね。さっきのサイの話を聴いていて思ったんだけどさ……私にもフラが刺して無いんじゃないかなって、ちょっと思うところがあるんだー」


 その顔色は神妙であるにも関わらず、明朗さも帯びている。ヨコも空気を察してはいるが、それでも根本が微塵も揺らいでいないのが、サイからも見て取れる。


「ヨコからも? それは一体どんな?」

「ちょっと待って……私もね、どこのタイミングが分からないんだけど、フラとメグを見たって言ったでしょ?」

「うん。楽しげだったとまで言ってたかな?」

「あ、そうそう。あのときの雰囲気的にね、とてもこんなことになる気がしなかったんだよね」


 ここでサイは、失念していたことを思い出す。メグが刺されたことに気を取られていたけど、フラとメグが話し合っていた瞬間には、ヨコという目撃者が居る。

 ならば尚更、フラがメグを刺した蓋然性が下がる。何故ならそんな他愛のない会話の目撃者が下手をすれば、刺傷中及び後の目撃者になりかねなかったからだ。


「でもそれは、ヨコの主観というか——」

「——あと追加するとね……フラがメグを刺したのなら、私がその現場を見ちゃっていても不思議じゃないとおもうんだよね」

「え? あ……——」

「——40分……だよね? もちろん私が教室を覗いていない空白の時間はあるけど、少なくともこれで、フラが衝動的にメグを刺したのは無くなるんじゃないの……?」


 抑揚から段々と自信が落ち込んでいきつつも、ヨコが言い切る。

 これはフラがメグを刺していないアリバイにはならないが、計画的直情的殺人未遂ではない確率を跳ね上げる立派な視認情報だ。


「うーん。否定は完全には出来ない……けど、ヨコがその意見を残すのなら、ヨコとフラの2人が口裏を合わせている場合を除けば、かなりフラを助ける証言になるとは思うよ」

「だよねっ、ウネ……——」


 フラを助けるというウネの言葉に、ヨコは肩の荷が降りたように胸を撫で下ろす。安堵したと言ってもいい。


「——良かった。もしかしたら私が見てたことで、フラが犯人になっちゃうのかなって思ってたからさ」

「ヨコ……そんなこと考えたの」


 ウネの問い掛けに、ヨコは空笑いで返す。

 無理やりに作ったヨコの痩せ我慢だ。


「本当のことを言うとね。私がメグを発見したときに……これはフラの仕業だって、思っちゃったんだよ……直前でメグと逢っているのを知っていたし、身体に刺さってた凶器もフラのモノだって分かってたし……」


 するとヨコはフラに対して申し訳なさそうに伺い見遣る。

 まだ誰が犯人かは判明していないけれど、誰よりも疑いたくない人を疑ったことへの罪悪感が拭えないらしい。


「……ヨコ目線だと、俺が犯人ってなっても、仕方ないんじゃないかな? さっきも言ったけど、俺自身も自分が怪しいと思うくらいだから……そんな辛そうな顔、しないでよ」

「フラ……うん、そうする」

「それと、俺視点はメグの自殺は絶対に有り得ないからね。まだ誰がメグを刺したのか……分からないし、分かりたくもないけど、もうそろそろ決めなくちゃいけないのか」

「非情だけど、そうね。ヨコもフラも私も……とても薄いけどサイも、ヨコかフラの助けが有れば関与出来るし……ね」

「……ああ」


 一刻と迫る。

 どんな議論でも、暗黙の有限がある。

 診療所で生死を彷徨っているメグもそうだけど、体育館で……校舎敷地内で現実逃避している時間も、夜更けと共に締め切られる。


 俄雨による曇天以外の暗がりに染色する。

 とっくに古びているのに、廃校舎に置き去りにされたアナログ時計も、遅れながらも、今なお懸命に時を刻んでいる。


「もうすぐ、夜になりそうだね」

「うん……本来ならとっくに。俺はサイの家に、ウネとメグはヨコの家に行って泊まる準備をしている頃合い……だったよね?」

「子どもの頃に、みんなで遊んだ後に帰宅する時間……確かにそのくらいだと思う」

「何にせよいつまでも、ここには居られないよな……」

「メグ……」


 この小島ではもう、夕刻を告げるメロディーは流れない。機械トラブルを修繕する予算がどこにもないことが主因だけど、無邪気に駆け回る子どもが居ないせいもある。

 過疎化や空洞化に歯止めが効かない、時代に取り残されたレガシーのような小島。

 それでも唯一無二の、サイたちの産まれ故郷には違いない。


「終わらせる……いや、違うか。アイツとちょっと、話すだけ……かな?」


 サイは誰にも聴かれないように呟く。

 そのまま全員での議論が滞る。

 話題が逸れたことを契機に。


『それぞれ独りで思案する時間を設ける。どのような結論を下すか……皆に委ねられる』

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