第32話

 一聴しても、変なところは無かったと判断するのも間違いじゃない。正確にはフラの行動経路というよりは、フラがメグを刺した場合に生じるラグを埋めるための時間の使い方についてだ。


「フラが言うには、メグと相談していた時間はおおよそ40分だったよな?」

「そうね。ほんとうにその長さがどうかはさておき、ヨコが見ていたのなら、相談していたことは嘘じゃ無いのかなと私も思う」

「じゃあそれを念頭に置いて考えてみてくれ。この場合……フラがメグをナイフで刺したとき、いくら話し合っていたとはいえ、40分も何やってたんだってならないか?」


 サイが言いたいのは、その40分という長い時間を、仮定として刺した対象と同じ空間に居続ける道理がないと述べたい。しかし端折り過ぎたせいで、つまりどういうことなんだとウネが首を傾げる。


「……それが、どうかしたの?」

「ごめん、色々とすっ飛ばしたわ。ええっとだな……フラがメグを刺したときの仮定をした場合は、フラが体育館にある自分のボストンバッグからナイフを殺意を忍ばせているのに、2人きりになった教室内で40分も悠長に喋っていたことになる……しかも近くの準備室にはヨコが居たということは、おそらくは揉め事ではなかったんじゃないかと思われる……揉めていたらどうしても声を荒げたりするはずだから、眠っていたとはいえヨコにも聴こえるはずだろ?」


 サイはところどころ思考を纏めるために滞りつつも、いつもより数段淡々と述べる。

 ウネも一先ずは頷き、ヨコもフラも聞き手に回ると言わんばかりに黙している。

 誰も返答が無さそうなので、サイが更に続ける。


「まあこれは聴こえないかもしれないけど……とにかく、そんなにメグを刺す意志があったとするなら、こんな絶好機でのんびり喋ったりしないと思うんだよ。だってきっと、話しているうちに頭が冷えて衝動的な人刺しにならなくなる。となれば……いやそうなってしまう前にさっさとメグを刺す……でも、ここでさっき言った不可解な部分が浮き彫りになる——」


 サイの言うことはフラが犯人ではない証明ではなく、あくまで確率論を当て嵌めて難しいと擁護しているに過ぎない。

 しかしこの、フラだけがメグの刺傷に関与出来るという先入観の崩壊には繋がりやすくなる。


「——それは、教室にメグが刺されて倒れている現場に、逃げも隠れもせず留まり続けている理由がない。ついでに言えば40分も一緒に居たなんて言わずに、もっと適当な証言をするんじゃないかと思う。だってその方がメグが刺されたであろう時刻を偽れるし、フラ自身がアリバイを工作しやすくなる……そもそもこんなにも犯人最有力の位置に自ら入ってくることがおかしくないか——」


 それこそがサイのつっかえる違和感。

 フラが主張する時間と行動道理の錯綜。

 何もかも、犯人ならめちゃくちゃだ。


「——この犯人であった場合のフラは何がしたいんだ? 自分で刺して、しかも自分が所持してたナイフが凶器で、自分から疑いを向けられる時間精査の位置に割り込んで……まるで遠回しに自首しているようなモノだと、僕は思ってしまうんだけど。ウネが言った良心の呵責に堪えられないにしたって、往生際が良過ぎるだろ、こんなの」


 俗に言う犯罪心理なんてものにサイは精通していない。けれどフラのことについてなら、同世代なら誰よりも知っているつもりだ。

 彼がこんなボンクラをやらかす人間じゃないと分かっているし、最初から隠すつもりがないのならこんな議論にはなっていない。


 これはもうフラを庇っているというよりは、サイが知るフラが、すぐに犯人だと疑われるように仕向ける様子を想像したときに、到底納得出来ない情が強い。


 コイツならもっと上手く隠すはず。

 そんな懸念が過ってならない。


「……今サイが言ってくれたのは、俺がメグを刺した否定……じゃないけど、安直で何をしたいのか分からないって、言ってくれているのかな?」

「概ね、そんな感じだ」

「だとしたら、すごくありがたい。俺自身もすごく怪しいヤツになってた自覚はあるから」

「おお……」

「改めて断言しておく……俺はメグを刺していないし、自殺の手助けもしていない。怨みが無いわけじゃないし、寧ろあった。でもメグまで物理的に、精神的に傷付くことを望んでいない……望むわけがない」


 他の人を犯人として仮定した話を広げ続けたサイへの侮蔑に似た感情を孕んだらしき睥睨と共に、フラは改まって無実を、潔白を告げる。どちらにせよ心外だと、表情が物語っている。


「ごめん……」

「……いいよ謝罪なんて。サイなりに俺のことを考えてくれたからだろうし……言い方は凄く悪いとは思うけど、そういところが相変わらずなのは知ってるし、そこそこの付き合いはしてるからね」


 けれどすぐにフラは強張った顔持ちを弛緩させて、たちまち穏やかな微笑に様変わる。ちょっとシニカルに見えなくもないのが彼らしいと、口角が釣られそうになる。


 良くも悪くも。

 フラはどうにも、困った笑顔が様になる。

 どちらであっても、中身は変わらない。

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