第31話
サイの主観ならば、メグの自殺は全くもって追えない。遅刻して乗り遅れた船上や、サイを除いた4人の動向は知る由もないから省くと、その事実は確信に変わる。
これで小島にて遭遇する前にメグがフラのボストンバッグからバタフライナイフを抜き取っていたらお手上げで、フラが手渡したのならわざわざ誰のモノか分かる刃物を選択しないと思う。
根拠を追加するなら、フラは少なくともヨコにナイフの存在を仄めかしていて、それは当人のヨコはもちろんのこと、証言からウネとメグも知っていた。となれば事情を知らないサイもこのやり取りが実際にあったと判断出来る。何故なら、これで出鱈目だとすると、ウネ、ヨコ、フラの3人が全員嘘を吐いていることになる。
サイとしては、人には本音と建前があるとはいえ、小島で共に育った同世代のみんなに信頼を置いている。だから食い違いや冗談はあっても、メグを巡る主張にみんなが虚言で塗り固める想定は出来ないし、絶対にしたくもない。
「確認だけど、外部犯の線はもう除外してるんだよね?」
「全員の経路から入り込む余地が無い。僕たちがこうして学校に集まることも知らないのに、元々潜伏するのも不可能で……フラのナイフと被る偶然もなく、また盗みも無理。ましてや教室だと特定までしていたらソイツはバケモノだな……または超能力者かな?」
「でも——」
「——縁起でもないことを言うと、その外部犯がたまたま教室に潜伏して同模様のナイフを持っていると万が一仮定しても、そのときは優位性が有るんだからメグだけ狙い撃たず、フラ諸共刺せばいい気がする。恨みはないけど口封じにな。相談が終わるまで待つって……40分くらいだろ? 僕ならどこかで痺れを切らすわ……とまあ、こんな話はどうでもいい——」
更に外部犯があり得ない理由を挙げるなら、それは逃げ道がどこにもないこと。
正面から刺して対峙したはずのメグの悲鳴も抵抗の痕跡すらないことと……枚挙に暇が無さ過ぎる。
何はともあれ。メグの自殺未遂も、外部犯の殺人未遂もサイ視点では否定されたもの同然な状況となると……自ずと受け入れ難い結論に辿り着くしかなくなってしまう。
「——つまり僕が言いたいのは、僕たち4人の中に……メグをナイフで刺した人物が居る線が濃厚だってことだ」
それは行動経路や凶器である調理用バタフライナイフの経緯を紐解いた上での消去法で、長年一緒に育って来たみんなの心情の予想と相まった、サイなりの推理。
こんなことは信じたく無い。
本音を漏らせば、誰も疑いたくも無い。
告げたくも無かった。
「な、なんでそんなこと言うのサイ。あり得ないよ……みんな、仲良くしてたんだよ?」
「ヨコには悪いが、それは所詮2年前までの話だ。心境の変化くらい誰にだってある」
「……冷たいよ、そんなの」
「冷たくても、確率的にそれが高いんだよ。あと……直接の動機かどうかは分からないけど、メグに恨みを持つ事情はみんなにもある……僕も含めてな」
メグの両親の会社が傾き、小島での産業からも撤退した代償は色濃い。ウネとフラの家庭は小島からの引っ越しを余儀なくされ、ヨコの家庭は人口が大幅に減少した小島の尻拭いを強いられた。
サイの家庭はまだマシではあったけど、このまま行けば故郷の小島で事業を展開するメリットが皆無となり、衰退し切る前に本州に拠点を移すのも時間の問題だ。
過疎化は淀みなく進行してしまう。
メグの両親の会社の撤退とは、それとイコールだ。
「ちょっと待て。俺がメグの自殺を手助けしたかどうかの確証はないはずだ……刺した方もそうだけど」
「ならそのナイフをヨコに船の上で見せつける必要はない。これからメグを刺す凶器を使うには無神経が過ぎる行為だと思う……」
「それは——」
「——あと、その意見がフラ本人から出るのが、僕やウネやヨコを庇っているようにしか聴こえない……時系列では疑わしいし、ナイフも簡単に扱えるだろうけど、それ以外の犯人たる要素は拾えていない。しかも寧ろ、捉えようによっては否定材料にすらなり得ると、考えているくらいだ」
フラがメグを刺した犯人である疑惑は拭えないだろう。理由は誰よりも楽に犯行へと及ぶことが可能だから。
明確なアリバイも無いし、それこそ時系列や行動経路で詰めていけば、メグを刺した犯人はフラで提出したって、例え警察であっても不思議じゃない。バタフライナイフを物的証拠と認定すれば尚更だろう。
「その否定材料になるって言うのは、一体どういうことなの?」
ウネがサイに問う。
疑惑の証拠が否定になり変わるというのは、ニュアンスが少々伝わりにくい。
「まずナイフの件については、フラが犯人だったときに安直過ぎると感じている。まるで自分が犯人ですと言っているようなものだ」
「それはそうかもしれないけど、良心の呵責に堪えられなかっただけかもじゃない?」
「ウネの意見はもっともだ。ならもう1つ、フラの行動経路について……ここがちょっと不可解なんだ」
「え……どこがよ?」
サイの視界内で、ウネが思慮深くなる。
不可解な箇所を探しているみたいだ。
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