第30話

 しばしの動揺が体育館中に蔓延る。

 ある意味ただならぬ雰囲気だ。

 言ってしまったと嘆息を吐くフラ。

 あわあわと口元とセリフが噛み合わないヨコ。

 ひたすら呆然と立ち尽くすウネ。

 一応、全員を見回せる余裕はあるサイ。

 4者の牽制と困惑が窺える。

 しかしそれはメグの刺傷とは無関係だ。

 でも、ある意味で事件ではある。


「……どうでもいいよなこんなの。じゃ改めて——」

「——どっ、どうでも良く、なんかないよフラっ! 嘘……え? フラ、プレゼント? というか好きな人とか居るの?」

「うん。でも、今は——」

「——だれっ! 相談なんてしたメグ? 叶わないと知りつつもウネ? まさか本州のオフィスレディー? はっ! 大穴で……先生?」

「おいおい落ち着けよヨコ……ちなみに僕の大穴は氷彫刻のボイスアイドルかな?」

「ちょっと、落ち着けなんて言った後に関係ない話で脱線させないでサイ……——」


 恋愛コメディーにあわや転換しそうなところで、代わりにウネが制止させる。

 普段ならばこんな煮ても焼いても面白美味しくなる話題が飛び出してみようものなら、ウネですら徹底追求に加担するだろうとサイも予想するが、今はそれどころじゃない。


「——フラの恋慕はまあ……私からは頑張ってとしか言いようがない、終わり」

「……つまんねぇ意見」

「ええ、なんか今日性格が一層硬いよウネウネ、気にならない?」

「だからウネウネじゃないってば。それより、問題はメグのことよ。あの子がどういう経緯で、あんなことになってしまったのか、その話をしよう」


 元々の議題に戻すと、メグが教室で刺されていた理由について。それが彼女自らの手によるものなのか、他者による犯行なのか。そして最も接触時間が長く、最終視認でもあるフラがどちらであっても怪しい状況に陥っていた。フラ個人的な恋愛話は置いとけばいい。


「——それでフラ」

「話が元に戻る感じかな? なに?」

「私視点の意見を述べるとね。行動経路でフラってかなり疑わしいじゃない? それに加えて、メグの家族の企業経営が悪くなって影響を受けたフラが進学を断念せざるを得なないことが、メグに対して逆恨みがあると解釈出来る事情もある」


 これはどちらの理屈が働いていたとしても、メグの自殺未遂と他者の刺傷の双方共にフラが関与出来てしまう。


「ウネは、俺を疑うってことだよね?」

「あんまり、そんなことをしたくないけど——」

「——そりゃ疑うだろ。仮にこれがメグの自殺未遂の場合なら、フラの協力がない限り出来ない……要するに、学校に赴いたからに限定すればメグがフラのボストンバッグを弄れないことからも、フラがなんらかのメグの相談に感化されて料理用ナイフを渡したか、フラが刺したか、どちらもあるしよぉ」


 簡潔にかつ切れ味鋭くフラに突き付ける。

 サイとしてはメグの事件の全容を把握しているとは言い難いけど、この時点でちょっとずつ絞れて来ている。だからこそ幼馴染みで悪友のフラへと強く当たれる。


「サイもそうなるよな……というか、俺も自分のことが怪し過ぎるって喋ったからね」

「それもあるが。このメグの一件にフラが深く関与していたら、色々と面倒なんだ」

「俺が面倒? なんかそれ言葉が軽くないか? 仮にだが刺傷に関与なんてしていたなら、そんな言葉にならないような……」

「……これは詳細に述べた方がいいか——」


 サイがフラに言う面倒とは、恋愛話のときのようなどうでもいいなんてニュアンスじゃなくて、より複雑怪奇な展開になってしまうという意味合いだ。


 だから、サイは誤解を解くためにも話す。

 フラがメグに相談以外の関わり方をした場合の、机上の空論にもなりかねない、推理とも呼べない予想の集合体を。


「——まずフラがメグの刺傷……メグの自殺未遂でもフラが刺したときもあり得るが、問題はメグの自殺未遂だった場合。これがもうみんなの時系列からメグが体育館に戻って、フラのバックを漁り取ってから校舎の教室で相談には乗れないと思う。体育館には僕が居て、教室でフラの相談に付き合っていて、校庭付近にはまだウネとヨコが彷徨いていた……これはとどのつまり、メグの自殺未遂である線がほぼ無くなったことを意味している」

「自殺未遂じゃ、ない?」


 そうぼんやりと訊ねるヨコにサイが頷く。

 その後にサイは更に主観を述べる。


「念のため、僕の到着が遅れた部分でメグがナイフを抜き取った場合もあるにはあるんだが……それならフラの相談になんて乗らずに、さっさと単独で校舎内外に隠れて身体を刺せばいいだけで、これは無さそう」

「んー確かに。ここを最後の場所に選ぶんだったら変かも。そもそもメグってフラの相談の前に私とヨコともお話しに混ざってたから、思いの外みんなと関わろうとしている気配はあるんだよね……メグ自ら、ややこしくしているようにしか感じない」

「ああ。あと、学校に到着してからならメグがフラのボストンバッグに触れるタイミングがどこにもない。ならフラが関わっていないならほぼほぼ、メグは……刺されたと見るべきだろうな……」


 言葉尻が裏返りながらもサイが告げる。

 ここが運命の分岐点だと。

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