第29話

 サイ、ウネ、ヨコ、フラ、メグの家庭の格差はというと、小島の産業を牛耳っていたメグの家が最たるもので、次いで外部とのネットワークビジネスに赴きを置いていたサイの家。小島では数少ない公務員家系のヨコ家。最後にそれぞれ水産業、畜産業を営んでいたウネとフラの両家。

 順番でいえばメグ、サイ、ヨコ、ウネ、フラの並びとなる。


 サイの家庭はもとより本州での事業を小島でも細々と展開していたことで、メグの両親の会社が傾いてもあまり影響が無い。

 ヨコの家庭は公務員という盾のおかげで被害はあったものの最小限に留めていた。

 しかしウネとフラの家庭に関しては被害甚大で、本州とのパイプ役だったメグの両親の会社が撤退は、会社という体裁を保持する努力にとどめを刺す出来事になる。


「それで教室でどんな話をしていたのかだけど、メグも結構気にしていたみたいだったんだ。特に俺は高校に進学もしていないわけだし、影響が顕著に見えたんじゃないかな?」

「……フラは、メグになんて言ったんだ?」


 フラからの返答なんて期待せず、サイは殊勝に問い掛ける。これはもう個人だけの問題じゃなくなっていて、育ててくれた家族の矜持も含まれる。フラにはフラの葛藤が、メグにはメグの懺悔があったことだろう。簡単に答えられる内容じゃない。

 サイはおそるおそるフラの顔色を窺う。

 フラは口角こそ吊り上がっているが、目元は細まり、眉は困ったように目蓋と連動して垂れ下がろうとする。


「……なんてことなかったって、言ってやれたら良かったんだけどな。えっと、俺も口悪く言ってしまったところがあるかも……こういうのをメグに愚痴っても、仕方ないのにな……」

「……そうだな。メグにもどうやら、そのことで悩んだ時期があるみたいだから、どっちも辛くなるだけかも……」

「メグ……ああ、あの進路調査票のことか」


 メグの両親の会社が多大な損益を出したとされるのは、サイたちが中学生のとき。もちろん小島に住む大人たち、この学校の教師だった人たちが把握していないわけがない。

 だから廃校となった後も職員室に、結果的にお嬢様高と名高い女子高に通うことになるメグの、正確な時期は不明だが進路調査票に就職を希望した内容の用紙が封じられていたのかもしれない。

 メグの気の迷いと受け取ったのか、大人の事情で黙殺したか、今更サイたちに分かるはずはないが、当時の葛藤を物語る一枚だ。


「進路、調査票?」

「フラ、なんのこと?」


 するとウネとヨコがなんのことだと訊ねる。彼女たちは職員室を物色していないし、隠された進路調査票は初耳だろうから、分からなくても当然だとサイは納得して応える。


「僕とフラが職員室を手分けして探っているときにメグの進路調査票を見つけたんだよ」

「進路? 高校のだろうけど、それがどうかしたの?」

「実は俺とサイでメグのことについて調べていたんだ……これ、いつのか正確には分からないんだけど、メグが俺と同じく就職を希望してたんだよ。両親の助けになりたいからってさ」

「ええっ!? そんな必要ないよね?」

「……なんで、私たちのところはともかく、メグの家がそうそうお金に困ることはないでしょ? もしあの子の家が破産なんてしたら、それこそ私たちは一家でとっくに餓死するくらいの差はあるのに……——」


 声量とテンションの度合いの差異はあれ、ウネとヨコの喫驚が投げ掛けられる。

 メグの家が裕福だというのは、サイは全視点での共通事項だと元より分かってはいたが、ようやくここで明確になる。


「——しかも跡継ぎじゃなくて、就職……ガセじゃないの、それ」

「ガセじゃねえよ。疑うならあとで職員室を見てみろよ、置いてあるから」

「……うん」

「……メグに無断で、これを共有して良かったのかどうか。まあ話の流れで、開示しないとダメそうだったけど……」


 その後、4人は真顔のまま考え込む。

 進路調査票という限定された中学時代の心情、そしてナイフで刺すないし刺される動機が何なのか。大前提でメグは一体なにを考えて、どんなしこりを抱えていたのか。

 彼ら彼女らは、なんでも知っている気がしていた。

 でも、それが大間違い。

 いくら昔馴染みだからって、長年仲良しだからって、日々の連続で個人の情報は更新されて、ある日唐突に歪みは生まれる。


「あっ、それでフラ、もう1つは?」

「え? ああ……言わないとダメ?」


 不意に思い出したように、ムードの重々しさを察したように、ヨコがフラにメグと喋っていたもう1つの要因を訊く。

 それに対してフラは、しどろもどろしつつ訊ね返す。そんな様子を眺めていたサイは、これはヨコに関することなんだろうなと推測しつつ静観する。


「ダメじゃないけど、私は聴きたい」

「お……はは、そうか、ヨコが聴きたいか」

「うん。ちゃんと受け止めるから」

「えー……と、なら、簡単に言うとな——」


 赤裸々に話すかどうしようかとフラは頭を悩ませている。無駄に毅然とした面持ちから、ヨコはきっとフラの自白すらも想定していたかもしれない。

 ただこれはメグ関連で証言を隠そうとしているというよりは、当初の別目的が果たされないことと、天秤に掛けている様子とサイは見て取れる。


「——まあいいか。ざっくりと言うとな」

「うんうん」

「……俺の、好きな女の子へのプレゼント相談を、してたというか——」

「——うんう……うへっ!? んん?」


 突然のフラの自白……いや、告白の方が適当かもしれない。

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