第28話

 対してサイ、ウネ、ヨコの3人はフラに弁解を求めるように押し黙る。彼がなんとか言って貰わないと議論の進めようが無いからだ。

 そんな暗雲立ち込めそうな最中、フラは額に手を当てながら盤面を見渡す。おそらくは時系列とセットで、どこかに否定するための材料を探しているんだろうかとサイは所感しながら、そのときを待つ。


「えと……サイが今言った理屈だとさ」

「お、おお」

「俺がメグの自殺の手助けが出来るということは、同時に刺すことも可能だ……って、言ってるよね?」

「……そうだな」


 サイは心苦しくなりながらも肯定する。

 自殺幇助のためにナイフを忍ばせることが叶うのならば、同様の行動経路でメグを刺すことも容易。

 もっとも、メグの刺傷にフラの調理用バタフライナイフが使用された時点で、彼に疑念が向かないはずもない。


「うーん……そう指摘されること自体はすごい納得なんだよね。だから筒隠さずきっぱりと俺を疑って来たサイは、やっぱり関与してないっぽい」

「そんな風に言って貰えるのは助かる」

「だけどな、俺じゃないんだよ。メグに手を貸しても、メグを刺してもいない……ただ、状況を精査すればするほど俺が怪しいと、俺視点でも感じる。これ、どうやって否定すれば良いんだ?」


 メグの刺傷の容疑者に挙がる条件は2つあって、1つはメグと接触すること、もう1つはフラのボストンバッグから調理用のバタフライナイフを入手することだ。このどちらの条件もクリアしてしまっていて、尚且つメグとの長時間接触と彼自身の所有物が凶器となっていることからも、フラが犯人候補もとい手助けの筆頭に連ねるのは必然で、仕方がないだろう。


「マジで要素だけの抜き出して考えたら、フラがめちゃくちゃ怪しいな」

「そうなんだよ……教室でメグに相談に乗って貰っただけなのに。凶器が実は見間違え……とかに賭けるしかないのか? いやでも紛失してるし……」


 本当に困った様子でフラは首を傾げる。

 どうしたらいいか、分からないと言った体裁だ。

 流し見ていただけのサイですら、フラが犯人であれなかれ、気の毒になるくらいに。


「そういえば、その相談事って一体なんだったの? みんなは知っているのかもだけど、私は聴いた覚えがない」

「私も知らないや、何話していたの?」

「話せる範囲でいい。僕たちにも教えてくれないか? もしかすると新しい情報が浮かび上がったり、フラに対して有意な出来事を思い出すかもしれないだろ?」


 サイの本音としてはこの相談内容を訊いたところで、フラの疑惑自体は晴れにくいかなと薄々慮る。けれど彼に隠し事が存在するとなれば、更なる不信やあらぬ疑いにまで発展するかもしれない。

 だからこそ少しでも詳らかに視点情報を落として貰って、仮に加害者であっても、全てがフラ1人のせいみたいにならないようにしたい思惑がある。


「うん……俺がなんやかんやを隠している場合じゃ、なさそうだよね——」


 もう相談内容をぼやかせないと諦めたように、フラは双眸を長らく閉ざして溜息を吐く。

 それは自供やら自白やらにも近しい雰囲気で、そのフラの切なげな顔持ちを見ていて、サイは鳩尾か横隔膜辺りが締め付けられる感覚に陥る。部位は異なるけど、胸が痛いという表現が適当だろう。


「——俺がメグに相談した内容は、ざっくり大まかに分かると2つあるんだよ」

「2つ……」

「まずは俺の実家の家庭環境についてだ。これはウネもヨコにも関係あることかもしれないけど……メグの実家の会社が傾いたあとの実害について話していた」


 フラの家族の環境。サイは今まで敢えて触れようとしなかったけれど、小島内で勉強成績も良いフラが進学を選択せず、親戚のコネクションで就職したときに真っ先に懸念したのは、彼の家庭の金銭問題だ。


「ああ……」

「それは……結構デリケートなところだよね、お互いに」


 途端にウネもヨコも、フラに同情するように影を落とす。

 思い当たる節があると言っているも同然の、彼女らのあんまり見たくない一面だ。


「念のため言っておくと、メグの会社はこの小島全体の産業と関わりがある……いや、あったというべきか。長年に渡って本州との橋渡し役になっていて、小島に藉を置く企業団体には無くてはならないパイプだったわけだ。だけど俺たちの卒業が控えるよりも前に、メグの両親の経営が傾いたんだよ……理由は本州での別事業に上手く行かなかった、だったかな? なんにせよそれは小島にある産業にも大打撃で、剰え小島からの撤退までされるとなると、もれなく小島のちっぽけな企業は衰退の一途を辿るわけ……俺の両親が営んでいた会社とかな……」


 サイたちの親の仕事について、在学時はほとんど交わすことがなかった。

 そんなことをすると各々の家庭環境のヒエラルキーが産まれてしまって、対等な同級生、仲の良い友達には程遠くなって行きそうだったから。


「ウネとヨコのところも……特にウネは大変だったらしいね。俺の家族がこの小島から本州に移ったあと、ウネの家も同じように本州に引っ越さざるを得なかった聴かされて……」

「そうね……高校も特待生枠を取れなかったら、私も進学は出来なかったかも」

「やっぱりウネもか……ウネとメグは今日、私の実家に泊まることになってるから、どこかでそれとなく質問するつもりだったんだけど……うん」


 小島随一のブルジョワファミリーだったメグの両親による会社の斜陽。その波及はもれなく小島に点在する小さな企業に大ダメージを与え、住処としていた家族の日常を揺るがす。小島出身の他4人のどこも影響を受けないなんて方が、都合が良いだろう。

 それぞれの家庭の過酷さ、無力さが浮き彫りになる。

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