第27話

 帰結として、ウネとフラが凶器であるナイフを持ち出せる蓋然性が低く、犯行に移すのは艱難だと述べ、ヨコがメグに手を下すことは無理そうと意見する。

 つまりはこのメグの刺傷事件に対して、3人ともサイの単独犯行は出来ない論調だ。


「んー……やっぱりサイは無理なんじゃないか? だって俺を含めて全員がナイフを持ち出すないし、メグを刺すのは現実的じゃないって言ってるようなものな気がするんだけど」

「……なんかサイのことを洗い直して、更に白くなった気がするね」

「てことは……ウネには悪いけど、メグが自らっていうのが、1番あったりするのかな?」


 ヨコがおずおずとサイ、ウネ、フラに問う。サイがメグの自殺を示唆して激昂したウネの一件もあったのかもしれないけど、そうなるまでメグが追い込まれた心境状況を推測ったせいもあるだろう。サイには正確なことはわからないが、多少の顔色の変化は経験から読める。各々で包み隠している出来事があって、秘めたる思惑が交錯している。


「それについてなんだけど……」

「おお、なんだサイ?」

「メグに刺さっていたナイフがフラのモノだとするなら……ウネの望み通り、自殺じゃないかもしれねぇわ」

「……本当か?」


 明暗のはっきりしない顔色で、フラは訊ね返す。それはメグが自己嫌悪やら切迫により自死を試みたのではないかもしれない安堵と、外部犯が希薄となったことで体育館に残る4人のうちの誰かの犯行になってしまうジレンマによる複雑な内情が滲み出ているせいだ。


 そんなムードの中でサイは、自殺じゃないかもしれない根拠を語ろうと生唾を飲み、緊張で渇いた喉をなんとか潤し、言葉にする。


「理由としては、僕がフラの調理用のバタフライナイフをどうのこうの言い合っているときがあっただろ?」

「ついさっきのことでしょ?」


 サイは首肯する。

 ここから少々長くなるかもしれないと前置きの意味も込め、なるべく感情を抑制しつつ続ける。


「そうだ。それで助かることに僕の犯行の線が薄まってくれたみたいだな……だけど、どうしてみんなが僕の行動を洗ったかというと、僕が荷物の置いてあった体育館に留まっていたからだ」

「うん。私がちょっと疑っちゃったのも、長居していたことだから」

「ああ。でもこれを逆に考えて欲しい」

「逆に?」


 サイは他の4人と別れた後も体育館に居た。必然的に全員の荷物に触れやすい当事者だ。

 しかし行動経路を推察したところ、サイは最も刺傷に関与出来ない人物でもある。

 これが何を意味してしまうか、ウネとフラは察しが付いているようで顎を引き締めてサイを見据えている。


「僕が体育館にしばらく居残ってということは、それだけ他の誰かがナイフを入手する物理的な時間を削っていることになるんだ。つまりフラの荷物を漁るにしても、フラ以外のウネ、ヨコ、メグがナイフを手に出来るタイミングは僕が体育館を出た後になる」

「ああ……」

「そしてメグはフラの相談に乗っていて、教室で長時間拘束されたような状態。2人が教室で話をしていた証明が、準備室に隠れる前に視認したヨコから出ていて嘘を吐いていないとするならだ……メグがナイフを手にするタイミングが、一体どこにあるんだ?」


 サイ視点で全員の時系列を組み合わせると、4人が体育館を出た後も体育館に居残っていて、ほとんどいつでも荷物が置いてある控え室に目が届く状態だった。

 それから体育館からプールへ向かおうとしたところをウネに後ろ姿を見られていて、その前にウネは校庭で集まっていたヨコとメグと既に別れていたことになり、最速で離れたメグがフラのバタフライナイフを求めて体育館に赴いたとなればサイと遭遇しないと辻褄が合わない。

 しかしそういった事実はどこにもないし、次に離れたヨコが校舎内の教室でフラとメグに対しての視認情報を落としていることから、メグは校庭から真っ直ぐ校舎に向かったと考えられる。ならばどこで、そのナイフを取りに行けるのか。


「うーん……体育館にはサイが居て、ちょっとニュアンスは違うけど番人が鎮座しているようなモノだよね。確かにメグがいつ手に出来たのか……」

「メグと俺は教室で長々と喋ってたからね」

「そう考えると……メグの自殺は否定されたってことで合ってる? まだ早い?」


 ここまで提言すれば、単独でメグがフラのナイフを用いての自殺は追いづらくなる。しかし完全否定はしかねる……事件事象に於いて、否定は肯定するよりも遥かに難しい。


「いやまだ100パーセントの否定は出来ないな。船から学校に来るまでの間にこっそり盗んだケースも僕としてはあるし……あと——」

「——え? それ以外もあるの?」


 サイはフラを一瞥しながら首を縦に振る。

 この言い分は、悪友である彼の尊厳を傷付けかねないからだ。


「僕の主張は……メグが単独ならば、自殺はほとんどないと言っても過言じゃない」

「ええ……ん? 単独なら?」

「まさかフ——」

「——まだ教室で、自分の荷物から持って来たフラがメグに手を貸した共犯の可能性がある」


 サイたちの議論は単独での想定の上で成り立っているモノばかりだ。共犯を加味すると、どうしても盤面が掴みにくくなる。だけどフラがメグの自殺を幇助しようとする場合は極めてシンプル。


 彼自らのナイフを教室で手渡すだけだ。

 サイはフラを見れずに俯いている。

 フラからの反論は即座に返されなかった。

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