第23話
あからさまに逃れようとした視線誘導に従うのは正直忍びなさも湧いてしまうけれど、これはメグの刺傷事件に使用された凶器の出所にも繋がる。刃物の種類を無意識に断言したヨコに訊ねても良かったが、サイは直感でフラの方が詳しく熟知しているであろうと踏んで、真面目な話だと丸まってた背筋を伸ばして彼に問う。
「フラも何か知っているあるのか? ヨコが言った通りバタフライナイフなら、学校のどこに置いてあったのか、僕には見当も付かないんだけど?」
「待って待ってサイ。それは言葉の綾というか、なんというか……ほら、普通にナイフって言うよりはバタフライ付いてた方がカッコよくて、可愛いじゃない? だからそんな、大した意味とかはなくて……——」
するとフラへの追及を阻むように、ヨコが颯爽と割り込む。ついでにフラの番人のように立ち塞がり、必死に爪先立ちをして、喋りがいつもよりも早口でムキになっているのが一目瞭然。
こういうときは大体、嘘を吐いているときだ。しかも大切な人を守るための、小柄な彼女による大それた優しい嘘。
「——ヨコ、気を遣ってくれてありがとう。でも俺としても……ちょっと思うところはあるから、ここは任せて欲しい」
「フラ、でも……」
サイからの視界では、ヨコが振り返って、困った笑みを浮かべたフラと数秒間見つめていた。2人による言葉のないアイコンタクト。それから程なくして、ヨコがこくりと頭を上下に振り、ウネの右隣に移動する。
何を疎通し合っていたのか、サイには完全に把握することは叶わないが、おそらくはヨコがフラの断言を信じることにしたようだ。
「大丈夫そうか?」
「うん……」
「じゃあ改めて——」
「——いやその前に、俺の荷物の中身を確認してもいいか?」
「え? ああ、それは構わないけど……」
そう言い残して、フラは体育館の控え室に向かい、入室から5秒も経過しないうちにボストンバッグに付属した肩掛けを持ち上げ、そのボストンバッグをサイ、ウネ、ヨコの3人が見下げやすい位置に堂々と下ろす。
「必要ならサイが漁ってもいいぞ。あっ、控え室に何かを隠していることを疑うなら、そっちを見に行っても……」
「いやいや、そこまで野暮なことはしねぇよ」
「そうか……そう言うなら——」
フラは自身のボストンバッグの前にしゃがんで、上達の御守りが結び付けられた引き手を摘み、スライドファスナーを惜しげなく勢いよく全開にする。
そのフラの行動を黙々と眺めながら、サイは眉を顰める。さっきからの一連の動作は所謂、身の潔白をなんとか証明しようとする白取り行動だ。それ即ち、ヨコが口と目線を滑らせたらしきバタフライナイフの存在に、フラが大きく関わっていると暗に告白してるようなモノでしかない。
しかもバタフライナイフと思しき刃物は、メグの腹部に刺さっていた。もしフラの所有物だとするなら必然的にフラが誰からの視点でも疑わしく……特に第一発見者で凶器の所持者まで知っていたヨコだと尚更犯人候補に挙がること請け合いだ。
だけどヨコはそのことを言わなかった。
付随すれば、彼女の行動経路はフラとメグの目撃情報までも隠されていた。
ここから導き出せるヨコのフラに対する憂慮は、概ね予想が付く。
「——俺の荷物の中を粗方探して見た……あるはずのモノが紛失してるみたいだ」
「おお……」
「やっぱり……ヨコにはバタフライナイフって遠回しに伝えてあったそれは、俺が本州から持って来ていたナイフ……調理用のナイフだと思う」
「調理用ナイフ? えっと、詳しく頼む」
調理用という前置きに気を取られつつも、サイは詳細を訊く。
断る理由もないと、フラは頷いて続ける。
「俺はその……サイにはまだ言ってなかったけど、本州で親戚のとこでの仕事をする傍ら、調理の勉強もやってるんだ」
「へぇ……調理」
「うん。親戚の仕事が農業関連で、食材に関連のあることだから、料理が出来て損はないし、仮に仕事として活かせなくても誰かのためにはなるんじゃないかなってね」
「そうだな。それにしてもフラが料理……」
サイはフラの手先が不器用なことを誰よりも知っている。そんなフラが料理を始めたというのは意外で、同時に胸が躍る。
「……意外だろ?」
「意外だな」
「やっぱり、そんな顔してたわ」
「どんな顔だよ。それで……本州での流れでナイフを持って来ていたと……」
「うん、どこかで披露するときもあるかなって。船でヨコには言ってたんだけど、普通は帰省でナイフなんて持っていかないから……一応包丁とかの持参はしなかったんだ。でも今俺の実家はここに無いから……念のために持ち運びに便利な折り畳み機能のあるナイフを……バタフライナイフを、な」
「そうだな。今日も僕の実家に泊まる予定だから、用心ってのは分からなくもねぇよ」
フラの実家はもうこの小島にはない。
ついでに言えばウネとメグの実家もない。
年々右肩下がりの人口減少に歯止めが掛からず、経済面の改善もなさらない現状を憂いて、多くの小島民が本州に快適な住処を求めて引っ越して行った。
「だから多分、サイは俺がメグを刺したんじゃないかって……疑っているんじゃないか?」
「フラ……」
「あの感じだと、ヨコもだよね? ナイフが俺のだって分かっていたはずだし、なんか俺を庇ってる気がしていたんだよ」
「そんなこと……ない……」
歯切れの悪いヨコの返答。
それは彼女の意向に沿うものではない。
まだヨコの証言とフラによる紛失情報を照合しただけの段階だけど、要するにメグの腹部に刺さっていた刃物は、フラの言う調理用ナイフである蓋然性が高くなる。
そして調理用ナイフもといバタフライナイフがフラの所有物だと認識していたヨコは最初から、フラによるメグの刺殺未遂が過ぎっていたことだろう。
だからこそ不利益になる目視を隠した。
それならサイとしても、辻褄が合う。
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