第22話

 心身を整えるためにのんびりとサイが体育館に戻ったときには既に、先行していたヨコはもちろんのこと、ウネとフラもとうに戻って来ていて、3人で何か喋っていたようだ。ヨコが自らの後頭部を撫でて軽やかに笑っている様子から、何処に行っていたんだとウネに簡単に問われ、戯けた解答を述べたのかなとサイは予想しながら3人に合流する。


「よぉウネ、フラも、遅かったな」

「それ私のセリフだから。一体どこに行ってたの?」

「ああ……トイレに篭ってた?」

「はぁ? いやその感じ冗談だろうけど……サイのことなんて今はどうでもいっか」

「おーい、そんな言い方はないだろー——」


 どこで嘘だと見抜いたんだろうかと、サイは心当たりが無いと疑問符を浮かべつつ、確かにどこへ行ってたのかなんてどうでもいいかと切り替える。そのときに、ヨコが先にサイと一緒に校舎裏で暇を潰していたなんて説明を終えていれば、冗談だとすぐに見抜かるよなと苦笑いし、どちらにせよ改めてどうでもいいとウネを見据える。


「——そっちの要件は、無事片付いたか?」

「え? ああ、ヨコからフラのことを聴いたのか。うん……体調が悪くなったりしてないかの相互確認みたいなものだから」

「……フラの方は?」

「ああ、想像よりは大丈夫だった……元々想像するしか、ないんだけどな」

「そうか……」


 それは全くの大嘘じゃ無いけど、心底の本音でも無い。フラによる曖昧な線引きのままの大丈夫という単語に過ぎないとサイは感じ取ってしまう。だけど後に続く励ましの気の利いた言葉がちっとも浮かんで来なくて、あれやこれやと逡巡するだけだ。


 また体育館に4人が揃う。

 こうなると必然的に、メグに関する全体的な会議が、流れで開始される。


「教室にあったメグの跡は……これで全員見たんだよね?」

「そうだね……一応言っておくけど、少なくとも俺がメグと居たときにあんなのはなかったはずだ……本当になんで、こんなことに」

「あっ、そういえば僕。元々床に付着していた場合のことを考えてなかったな」

「なんで? そんな想定あり得ないよ。だって私とサイは、実際に見ていたんだし」


 ヨコはサイに疑問を呈する。

 あり得ないとする言い分も、彼女視点ではそうでしか映らない。

 しかしそれは、実際にメグが血を流して倒れている姿を目撃したからこその視認情報に基づいた要素だ。


「確かに僕とヨコはメグを見ている。でもウネとフラは当時の発見状況を知らない。だから2人の立場なら、あれがメグによるモノじゃなくて、教室内に……例えば僕らのうちの誰かが廃校前に付着させたモノかもって場合も考えられると思わないか?」

「……そっか。見ているのと、聴くだけじゃ違う……先入観か」


 倒れたメグを見ていたか、見ていないかで、教室に付着した血痕への印象は異なる。大抵はどちらか一方の勢力にしかなれないからこその灯台下暗し……百聞は一見にしかずというヤツだ。


「そういうことだ。まあ今のフラの証言のおかげで、ヨコと僕が、メグの倒れていた情報の位置偽装や、刺傷はともかく実は誰も血を流していないことの否定が為されたわけだ」

「ほおほお」

「つまりフラは、僕とヨコに有利な証言を補足してくれたってこと」

「おお……なんか難しいこと言ってるみたいけど、ありがとねフラー」


 ヨコは片手を挙げ、フラに対して振る。

 フラも謙虚に、口角を上げて応える。

 ヨコとフラ、2人の仲が緊迫した現状だというのに咲き誇る。


「えっと……割り込むのも忍びないんだけど、2人とも、話を戻していい?」

「おお、俺のせいで話が脱線したな。そのまま続けてくれウネ」


 丁重に断りを入れながら、ウネが本題に路線を戻す。血痕が教室の床に付着したタイミングもメグの真実に繋がることに違いないが、結局のところ最悪のケースを鑑みるという思考回路になるだろうし、どちらにせよ最優先事項にはならない。


「ありがとう。それで、メグを発見したサイとヨコに確認なんだけど……メグは刃物で刺されていたって認識で合ってる?」

「合ってるよ、バタフライナイフ」


 サイよりも先んじてヨコが答える。

 でもこのヨコの解答をウネは訝しんだように、下唇に人差し指を触れさせながら、その訝しんだ原因を訊ねる。


「それ」

「ん?」

「ヨコはなんで、バタフライナイフだって具体的に分かったのか不思議だったんだ……だってサイは刃物って言ってたから」


 それはサイにとっても不可解な部分だった。形状からナイフと言うならまだしも、どうしてバタフライナイフと呼称したのか……その確証が、どこにあったのか。

 ヨコと2人で校舎裏に赴いたときに訊くつもりで心構えでいたが、別話題の影響で触れられずに終わっていた。


「乗っかるようで悪いが、僕もそれは変だと思ってた。だってヨコは刃物に詳しいわけじゃないだろ? いや仮に詳しかったとしても、メグがあんな状態で刃物の種類を正常に把握するのはかなり難儀だと……——」

「——あ……いや、それは、ねぇ……?」


 するとヨコの泳いだ視線はフラに注がれる。あんまりにも素直を行き先だ。

 バタフライナイフと確証があった原因がどうやら、フラにあるらしいとサイは悟る。

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