第24話

 更に推理すべき点は、メグの凶器と想定されるフラのナイフが、体育館控え室にあったボストンバッグに収納されていたことだ。

 これはフラが犯人だった場合は容易に持ち運びが可能だが、もしメグの自殺を疑う場合には不可解になるかも知れない要素となり得る。


「ここで話に入るのは申し訳ないんだけど、一言だけいいかな?」

「ウネ?」


 みるみる萎んでしまうヨコを見かねてか否か、隣に佇んでいたウネが挙手して割り込む。

 そしてウネはサイとフラの双方に向けて、淡々と口を開き述べる。


「フラが調理用ナイフ? バタフライナイフ? を持って来ているのは私も知ってた……とだけ言っておく」

「ウネが? なんで?」


 フラからの疑問が投げ掛けられている。

 彼的にはウネに喋ったつもりはないらしい。


「ヨコに見せびらかしていたところを遠くから見てた……あとメグも私の隣に居たから、刃物がフラの荷物にあるのは知ってたかも」

「メグも……いやそもそもお前、それを見てなんでそんなの持って来たんだ……とかにならなかったんだよ?」


 サイがウネに疑問を呈する。

 遠くからナイフを握って見せびらかしているフラと、その側にヨコが並んでいるであろう場面を眺めているのなら、ただ眺めるだけでスルーするのは違和感だ。

 そんなの物騒だと注意喚起したり、今すぐにしまえと問い詰めても不思議じゃない。なのにフラがヨコにしかナイフを見せた覚えしかない様子から、ウネとメグは何にもアクションを起こさなかった。


「……いいや、特に」

「はあ? 普通ナイフなんて持ってたら、そいつに用途ぐらいは訊くだろ?」

「んーでも、私的には何に使うのかの見当が付いてたから」

「え? 見当?」


 何のことかちっとも解らないと、素っ頓狂な声を上げる。ナイフを所持していても納得する理由が、サイには思い浮かばなかったからだ。


「まだ分かってない? 校舎にあったでしょ? これこれ」


 これこれ言いながらウネは、自らの頭頂部に平手を乗せて僅かにスライドさせる。

 そしてこの動作で流石に察しが付かないかと、サイへと訊ねるように伺う。


「これこれって……ああ、思い出した——」


 サイはウネの動きの真似をする。

 最初は何故か頭を撫でているようにしか映らなかったけれど、スライドがスライスの意味だと認識を変換した刹那、フラが刃物を持っていてもおかしく思わなかった行事が脳内に映像として浮かぶ。


「——学校の木柱にほぼ毎年、僕らの身長を刻んでたから?」

「そう。ついでに言うと、ヨコと楽しそうに話していたし、尚更身長のことかなって。だって1番ヨコが背が伸びたかどうかで、一喜一憂してた記憶があるから。メグも私と同じ考えだったんじゃないかな?」


 校舎内の木柱には、この学校に通い始めた年から、サイたち全員の身長の軌跡が刃物によって刻まれている。

 正確に表すと教室を出て左真横にある、木柱というには変哲のない造形の一部でしかない場所だが、5人分の名前と歳と一本線を刻み残すには十分な太さと面積だ。

 在校時はほぼ毎年、終業式の後に手持ちのカッターやナイフでぎこちなく不器用に、みんなで一線を付け合った。先生や両親に危ないと諭されながらも結局、義務教育を卒業するまで続けていた行為だ。それを2年ぶりにやろうと考えるのはサイにも理解出来た。


「——なるほどな……ウネがフラを放っておいた理由は分かった。多分僕も同じ船に乗っていて、その説明をフラがヨコから受けたら、すぐに納得したと思うわ。あれってちゃんとした刃物じゃねぇと、めちゃくちゃ捻れるからな」

「そう言えばそうだったね。まさか料理をするためのナイフとは思ってなかったけど……」

「だな。まあでも、僕の疑問は一応晴れたわ。フラもだろ?」

「うん? ああ……いやまさか見られてたとわな……乗船客が少ないとはいえ、ヨコ以外にはそれとなく隠すつもりだったんだけど」


 フラが苦笑いをしながら、全開にしていたボストンバッグをファスナーを閉める。その様子から、彼の言動に真実味が帯びたようにサイは直観する。

 それは仮に明文しろと言われても、上手く記述出来ないであろう心証。だから誰にも根拠として述べられないし、そんなつもりも毛頭ない。


「はいはいっ! フラがナイフを持って来たことに関して私は事情を含めて知ってるし、みんな視点でも、これ以上詰めてもどうにもならないと思うんだけど……」

「僕も同感。また落ち着いたときに、フラに手料理でも振る舞ってもらおうかな?」

「ははっ、からかうなよサイ。変にハードルが上がるだろー」


 その場の緊迫を緩ませるためのジョーク。

 あんまりに議論が神経質過ぎると、みんな疲弊するだけになるから、思考を穏やかにするためのゆとりも必要だ。


「ねぇそれ、私も参加していい?」

「もちろん。ヨコを俺が省くわけがないよ。そもそも俺は、ヨコ以外に告げるのは後にしようって考えてたくらいだからね?」

「それ、僕とウネとメグが逆にハブられてんだが?」

「そうね……」

「後から言うつもりだったって。まずウネとメグに話したら進路相談みたいになりそうで、サイの場合は言わずもがな……早速料理を作ってくれよと無茶振りされるだろうなって……マジでそうなったわ」

「くそ、反論のしようがねぇよ」


 ひとときだけの柔らかな雰囲気。

 4人の気心の親近が随所に感じられる。


 だけどまだ、メグへの刺傷疑惑まで晴れたわけじゃない。

 さらにサイ視点では、メグが自殺に及んだ確率が著しく下がっている。

 これは厳格な論理がぶつかり合ってしまう前兆に過ぎない。

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