第20話

 鶏小屋の側面に粛然とした人影の連立。

 大きな方がサイで、小さいのがヨコだ。

 固唾を飲み込むことすら烏滸おこがましい。

 ペトリコールの残滓は微風に晒されて、ただでさえ湿っぽい外気を増幅させる。

 そんな最中でのヨコの苦し紛れの微笑は、周囲と仄暗さと反比例して、うろんな明るさを帯びている。


「なんで隠していたの、とか訊いて来ないんだね……」

「いや……それってヨコが隠していたってより、わざわざフラの経路に付け足さなかっただけじゃないのか?」

「んーまあ、そう言われてはそうかも知れないけど。私的には、意図的に伏せてたからね……」

「ううん……——」


 サイとしてはそんなにヨコの隠蔽行為を責めるつもりは無かった。だからこそやんわりとフォローするつもりだったけれど、彼女本人がそう感じてしまっているのなら、それも野暮だと考え直す。


「——えっと……ヨコは、フラとメグが一緒に居たところを見ていたんだろ?」

「うん……」

「それは結構長い間? どこから見てた? そのときの状況を、僕は訊きたい」

「え? ああっ、そのほうが良いね」


 新たな証言が出たということは、ヨコの行動経路にも変化もとい更新があることと同義だ。どのタイミングでフラとメグが仲良くする様子を目撃していたのか、その後はどこに居たのか。

 逆にフラからヨコを見掛けた情報が落ちなかったので、こちらもフラが視認を隠していたのか、ヨコが潜伏していたのか……サイによる憶測の域が、ありとあらゆる方向性に拡がり続ける。


「うーんと、どこから話すべきか……ウネとメグとお喋りをしていたところまではサイにも伝えていたよね?」

「おお。確かメグお先に別れて、その後にウネを残してフラを探しに行ったんだっけ?」

「そうそう。その後に職員室の方に一度向かったんだけど、割とすぐに離れてたんだよね……昔怒られたのもあるし、あんまり荒らさないようにしとこうかなって思って」

「……ああ、なるほど。だからさっきフラと職員室を捜索していたときに、物色された形跡が皆無だったのか。カーテンも閉ざされたままだったし、ヨコが先に来ていたのに綺麗だなって思ってたんだよ」


 その当時はほんの些細な疑問に過ぎなくて、それよりもメグが刺されるないし自ら刺したであろうきっかけになり得る情報が最優先で疎かになっていた。けれど今更ながらサイはヨコが職員室を訪れて漁らないまでは分かるとしても、久々の職員室を見回すが目的なはずなのにカーテンすら開かれないのは不自然だと思う。


 この時点でヨコが職員室方向に居たのは、サイが想定していたよりも短時間だと早く気付くことが出来ただろう。となると必然的に、ヨコが体育館で述べていた行動経路には空白が随所にあるとまで推理を伸ばして、辿り着けていたかも知れないと。


「サイとフラも……そっか、メグの一件の後に、だよね?」

「そうだ。なんかメグに関するモノがあるかもって考えてな。学校にあるとするなら、やたらと機密の多い職員室なんじゃないかってよ」


 ヨコがおもむろに頷く。

 同感だと雰囲気が告げる。


「……今は私の話を続けた方がいい?」

「まだ核心に迫ってないからな、頼む」


 ヨコは了解と告げる代わりに双眸を閉ざす。

 流れに乗るように、サイも同様の所作で返答する。

 きっとヨコは職員室で何か、メグの惨劇に直結する情報を握っているかどうかをサイに訊こうとした様子だが、まだ彼女自身の経緯を提示し終わっていないと躊躇ったらしい。


 職員室の源で話が脱線してしまったが、今回の本題は職員室での詳細な履歴じゃない。

 フラとメグが長時間言葉を交わしていたこと、それを裏付けるかも知れないヨコの目撃証言、そしてヨコの具体的な行動遍歴の更新こそが重要な主題となる。


「その後はね、私はそそくさと教室に向かおうとしたんだよ。やっぱり思い入れが1番深いところだから、行かない選択肢は無いよね」

「それが自然ではあるよな。というか真っ先にみんなが立ち寄らなかったのが不思議なくらいだ……僕が言えたことじゃねえけど」

「はは、そうかも……えっと、そのときに教室扉の窓越しにフラとメグが仲良くお喋りをしているみたいな瞬間を見た。何のお話しかまでは聴こえなかったけど、なんか仲睦まじい感じでさ……ここに突撃するのは申し訳ないなって思っちゃうムードだったんだよね」

「仲睦まじい……申し訳ないムードねぇ……僕は実際に見たわけじゃないからアレだけどさ、それは悩みというか、結構込み入った感じではなかったのか?」

「うんん」


 サイの質問にすかさずヨコは首を振る。

 ついでに何処となく唇も窄めてもいて、不満気な子どものようにいじけても見える。

 フラとメグの組み合わせを想像したとき、サイ視点からは内緒の相談事なんだろうなと概ね察しが付く。

 当事者のヨコや、フラのことを良く存じない人物からの視点ならば、男女なので恋愛的関係が想起されるかもしれない。となればヨコが教室に入らずに一歩引いたのも理解出来る気がした。


 ヨコはムードメーカーで有りつつも、ちゃんと空気も読めてしまえる女の子。ただ、それはもしかすると不要で杞憂な遠慮だったんだろうなとサイは複雑な表情にもなる。フラの純粋な一途さを、そのときになるまでヨコが知ることはきっと無いからだ。


「そんで。ヨコはフラとメグを見た後、どうしていたんだ?」

「ちょっと整理するね……んーと、教室と対面にある準備室に篭ってた」

「準備室……そういや部屋が空いてたな。あれはヨコが入室していた形跡か」

「多分ね」


 サイはヨコの悲鳴を聴いたとき、まず開かれていた準備室の内部から確認したことを覚えている。

 どうやら齟齬は無さそうだと納得する。


「その準備室に入ってからは?」

「ずっとそこに居たみたい」

「みたい?」


 とても曖昧な形容の仕方だ。

 まるでヨコ自身でも自信が無いみたいに。


「いやみたいは変か……言いにくいんだけど私、そこでずっと座ったまま眠ってたんだよね。色々と、考えごとをしているうちに寝落ちしちゃったんだ」

「寝てた……ってことは、フラとメグが会話を切り上げた正確な時間なんて、分かるわけないか……」

「うん……ごめんね、そこが肝心なのに」

「いやいや——」


 サイは即座に、ヨコが謝ることはないとかぶりを振る。というより、フラとメグが別れた時刻が不透明なこと以上の利益があるなとまで思考を巡らせていた。


「——ヨコが今教えてくれたこと、かなり大事だと思うわ」

「ほんと?」

「本当だ」


 不安そうなヨコに、サイは微笑みで慰め返す。この情報発信が大事なのは、紛うことなき事実だからだ。

 これはサイの視点からならば、ヨコが準備室にずっと居続けていた場合こそが最も、第一発見者となる状況の整合性が取れると状況から概算していた。

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