第19話

 サイは未だ半信半疑のまま、その鉛棒を凝視する。気まぐれな日光に晒され、小島特有の海塩が混ざったような風雨に打たれ、経年劣化で着色塗料が剥げたであろう目印を。


「僕、こんなのがあるなんて記憶に無いんだけど……」

「んん? でもタイムカプセルがあることは知ってたよね?」

「それはな。物を詰めるところまでは憶えてる。でもどこに埋めているとかは全然……ましてやこんな、ハンマーで打ち付けたような棒があるだなんで……」

「あれ? タイムカプセルを埋めるときってサイ、居なかった……そうだ! 居なかったね。思い出したよ、春風邪を引いてたんだ」

「……ああ、そんな情けない理由だった気がする。ちゃんと確認はしないけど」


 サイとヨコは高校受験に一度失敗していて、滑り止め受験を含めて複数回本州に渡航。無事高校に合格はしたものの、そのときの疲労のせいか、卒業間近のサイの体調は最悪で、2月下旬から3月上旬くらいまでの期間、ウイルス性の流行り病に小島内唯一罹患して、実家で安静に努めていた。


「あのときは大変だったね……色々と。今回のメグのことほどではないにしても……」

「……そうだな」

「このタイムカプセルには、みんなが学校に通っていた頃のアレコレがあるから……いつか5人で掘り起こして、昔の私たちはこんなことを考えていたんだなとか、やっぱり子どもで夢見がちだったんだねーとか、懐かしい恥ずかしい物が出て来ちゃったりとかで、5人でまた……にっこりとさ……」

「……っ」


 サイはすぐに答えられなかった。

 せっかく紡ぎ出してくれた、ヨコの切望がサイの左心房を不意に締め付けたせいだ。


「……サイに白状するとね。本当はあのとき、お互いに診療所でメグを待っているべきだと思うんだ」

「……なんで?」

「メグが心配なら」

「……居たって、何にも出来ない——」


 そう言い続けようとしたところで、真横から詰問するような視線を感受する。サイがおそるおそる向き直ると、もう今にも感情が決壊しそうなくらい赤面するヨコの真顔。


「——そうだね、何も出来ない。だからウネとフラに伝えに行くって言い訳で、この学校に逃げた……」

「お前、そんなの——」

「——今回のこととは関係の無い話かも知れない。でも本当にメグのことを想うのなら、私たちはあの場に留まるべきだったっ!」

「ヨコ——」

「——まだウネやフラ……サイが提案しないから助かっているけど……私、診療所に戻りたくないんだよ。メグがあのあとどうなったのか……現実を突き付けられるのが、どうしても怖くて……」


 診療所から学校に戻って、残されたみんなで行動経路を洗ってみて、メグの近況を少し探って、タイムカプセルを場所まで確かめに行く。全部サイにとっても大切なことばかりだけれど、診療所で治療を受けているメグの結果を聴く先延ばし行為と 姑息な方便と指摘されたら……否定のしようがない。


「サイが効率的に動こうとしたこと、ウネとフラを何にも状況が掴めない状態にしなかったこと……それは私も分かってるんだよ。でも、それで本当に良かったのかなって、せいぜい祈ることしか出来ないからって、メグをほったらかしにするのが得策だったのかなって……」

「……っ」


 サイは生死を彷徨さまようメグへの祈りを捧げるよりも情報共有に動いた。きっと間違いでは無かったと、内心で確信すらある。でも同時に、メグという1人の女の子に対して誠実だったのかと心が疼き痛む。


「ここでお話ししたり、校舎を巡ったり、タイムカプセルを探したりしてると、気が楽になる私が居る。それが、堪えられなくなる。これでいいのって、現実を受け入れるのが嫌なだけなんじゃないかって……」

「……そんなの、僕だって分かんないよ。何にも知らなかったウネとフラへの伝達か、結果を待つしかないメグの生死か。どっちを選んでいたって悔いが残るし……僕とヨコにとって楽な方を選んだことになる。つまりはきっと、逆を選んだら選んだで、ヨコと僕はまた異なった後悔に苛まれるだけだった……と、僕は思う。後々なにも考えるな、とは言わないけど、余計にしんどくなるだけだ」


 メグのことから逃げた、背けた。

 それは事実だと、サイはヨコには告げないまま内幕にしまう。ウネとフラを口実に使ったと後ろ指刺されても、渋面で唸るだけだ。

 きっと、あらゆるぐうの音も発せない。


「あともう1つ、あるんだけどさ……」

「まだ、不安なことがあるのか?」


 ヨコはどう答えようか苦悩した素振りを覗かせつつ、最終的には首肯する。

 サイが訊ねる不安という単語が1番適切ではないが、あながち間違ってはいないといった様相だ。


「メグのことで、みんなで行動を精査したじゃない?」

「そう……だな、体育館で」

「私の推測では、仮にメグに手を出すとしても、サイは難しいんじゃないかなって考えてる」

「そんな風に言って貰えると助かるけど、具体的な説明は可能か?」

「……えっと。サイは私の後にメグを発見したでしょ? でもその少し前にウネと玄関扉で逢ってる。フラとメグは長々と仲良く喋っていたみたいだし、付け入る隙間がどこにもないかなって……」


 サイが4人で行動経路の意見を交換し合ったときに、真っ先に彼自身で至った結論をほとんど、ヨコが証言してくれる。やはりこういうのは率先して自らが主張するよりも、別視点の方が説得力が増す。

 でもサイは一部分、ヨコの発言に気掛かりなところがあった。それはまるで、その様子を目撃していたかのような言い草だと。


「うん……あの、今のヨコのセリフで気になった箇所があるんだけど——」

「——え? なにか変なこと言った?」


 素の声でヨコは訊ね返して来た。

 彼女自身にも身に覚えがないと言いたげだ。


「フラとメグが仲良く喋ってた……」

「うん」

「なんかその言い方、ヨコがその瞬間を見ていたような感じが僕視点するんだけど……」

「あ……もう、隠さない方がいいよね——」


 そう呟いて、ヨコは溜め息を吐く。

 まるで重荷から解放されたかのようだ。


「——私ね。実は、フラとメグが喋っていたところをこの目で見てたんだ。フラの言い分が間違ってなかったから、言わなくてもいいかなって考えてた……もしものときも、あるしね」

「もしも……」


 それはフラとメグが本当に会話を交わしていた証明になるはずの主張。どうしてヨコが秘匿にしていたのか、その理由にはなんとなく想像が付く。

 ヨコの証言はつまり、フラとメグが事件が起きる前に逢っていた根拠……逆説的にフラが刃物で刺した確率も上がるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る