第18話
サイたちが通っていた学校の校舎裏は謂わば、小島という立地を強みにして、子どもたちの自主創造性を育む場所だ。
程良い日照率と降雨量からなる農作物を汗水垂らして育てる簡易農場。野生の獰猛な生物が皆無なことで安心して育てやすい鶏小屋。おまけに四季折々に適したお花の成長を眺めるための植木鉢を壁面に添える。
あとは不定期に枯れ葉を集めてさつまいもを焼いたり、七輪を持ち出して火を灯してお餅を膨らましたり、テント泊をしたりと、アウトドアを行なっていた場所でもある。
今でこそ廃校と共々全て廃れてしまったけれど、面影が消え失せることは生涯無いとサイは改めて所感する。
「おお……雰囲気は昔と変わらないね。サイ的にはどう?」
「同じ……というか僕は1回来てるから、とっくに知ってる」
農場があった辺りでヨコがしゃがむ。
まるで土の質やら、微生物やらを調べるような素振りだ。
「あっそっか。うーん、流石に何にも育てられていないよね……雑草はいっぱいあるけど」
「そりゃそうだろ。誰も生徒が居ないんだから、未だに作物や鶏が育てられていても、どうにもならなくて虚しいだけだ」
もう
これが廃校舎の現実なんだと、しみじみと述懐させられそうになる。
寧ろ未だに農場の跡地や鶏小屋がそのまま残っていることを、表面上でも喜ぶべきなのに。
「そんな言い方しなくても良いじゃん」
「事実を言ったまでだろ……それで?」
「ん?」
「……もう目的は達成したし、ウネとフラも戻ってるかもしれないし、引き返すか?」
久々に校舎裏を見に行きたい、2年振りの光景を目に焼き付けたい。その気持ちは似たような境遇だったサイも理解出来るし、誰しもノスタルジーとはそういうものなんだろうなとも所感する。
でも今回はただの時間潰し。
有効活用としてもいいかも知れない。
正直なところ、思い出と2年振りの様子という付加価値が無ければ、現在の校舎裏なんてしがない荒地でしかない。
見るに堪えないわけじゃ全然無いけど、運気が上がりそうにもなくて、フォトスポットにも目の保養にもなり得ない場所だ。つまり特別長居するようなところではない。
「サイは体育館に戻りたいの? せっかちだなー」
「いや体育館かどうかはどうでも良いんだが……ぶっちゃけここに居続けても、他にやることなんかないだろ?」
「んん? うんん、あるよー……ととっ」
そう言いながらしゃがんでいたヨコが、弾みで軽く跳ねるようにして立ち上がる。勢いが付き過ぎてよろけているのがいかにも彼女らしいなとサイは胸に留めつつ、ヨコのセリフがスムーズに脳内処理を行なってくれなくて、この跡地のどこにそんなものがあるんだろうと首を傾げた。
「……何が?」
「あれ? もしかして解って無い感じ?」
「ああ。一体なんのことやら……——」
「——じゃあ、ちょっと私に付いて来なよ。一応あてはあるからさ」
「え……ちょ、ヨコ、おいっ」
そのままヨコは颯爽と簡易農場から鶏小屋まで早歩きで向かう。サイはなにがなんだか分からないと流されるように、また僅かな知的好奇心がくすぐられ、言われた通りヨコの後に続いて行く。
「んーと、確かこの辺……ちょっと思い出してみるね」
「……おお」
それからヨコは鶏小屋の周囲を一通り見回す。しかも鶏小屋の内部を覗くんじゃなくて、落とし物を目視頼りに捜索するように、中腰になって地面と
ヨコがそんな風に何かを思い出そうとしている間に、やることのないサイはヨコの行動理由を数秒だけ考えてみる……やっぱり分からないし、何がしたいのかもさっぱりだ。
「んー……あっ! あったあった!」
「あった……って何が?」
「ほら、これこれ——」
ヨコは突然嬉々として、鶏小屋外部の右隅っこを指差しながらサイを手招きする。
別段断る口実も更々なくて、サイはヨコに促されるまま、指差したものを覗き見る。
すると……『踝丈のソックスより少し健やかな雑草たちの結集の奥にひっそりと、ペグの先端部分だけ切り落としたような鉛棒が不自然に突き刺さっている』様子が、サイの視界に映る。
「——これを見たらサイも分かるんじゃない?」
「いいや、ちっとも」
サイは首を傾げているのか、振っているのか曖昧な動かし方をする。こうまじまじと眺めても、何にも思考の更新がされないし気配もない。
こんなところに棒が刺さっているのは人為的に変だなという印象はあるが、それはきっとヨコが望む解答じゃなさそうで自重する。
「あれ? 2年前、サイも一緒に居なかったのかな……じゃあヒントだけ言うと、ついさっき4人で行動経路を照らし合わせていたときに話題に上った思い出の代物だよ」
「2年前、4人……ってことは体育館で、話の中に出て来た……思い出の代物? なん……——」
2年前の思い出自体は沢山ある。
サイが適当に例を挙げるなら、この場所だって該当するだろう。
そして体育館での会話はほとんどメグに関してのものであり、あのときは特に神妙な雰囲気で、こんな悠長に鶏小屋周りを探せるものとなると限りがある。
更にヨコは思い出の代物と言った。
つまりは物品であると考えられる。
この地面に突き刺さる鉛棒が懐かしの聖剣とかじゃなければ、話題にも上った記憶もないし、何かを指し示す目印と解釈するのが賢明だろう。
サイは黙々と当時の会話を振り返る。
これはきっとメグとの関与もある、雑多な代物だと。
「——まさか……タイムカプセルの場所?」
「うん、正解っ。体育館でそのワードが出て来たときに思い出したんだ。そういえば私、目印作った気がしたけど、どこにあるんだろうなって、まだ残ってるのかなって」
タイムカプセルを埋めたことはサイもぼんやりと理解していた。
けれどどこに埋めたのかまでは定かじゃなく、剰えこんなにも頑丈そうな目印が有るだなんて知らなかった。
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