第17話
そんな2人はというと、そのままなんとなく体育館前で口籠り合っていた。
別に気不味くはないけれど、メグの一件も相まって与太話を切り出しにくいせいだ。
おまけにサイもヨコも体育館に特別用事があったわけでもない。サイはウネが帰ってくるであろう場所に移動したに過ぎなくて、ヨコはフラに遠慮して離れ、行く当てもなく体育館を訪れただけ。
こうして出会したのも偶然で、今のところお互いに用事がない。館内に移動しても似たような状況が継続することだけは分かる。
もしメグの惨劇が無ければ、気ままにどうでもいい話題で盛り上がったり、反則だらけのバスケットボールに興じていたことだろうけど、それらを実行する状況じゃない。シリアスなときには滅法相性が悪い組み合わせだ。
「……なんだよ、珍しくしおらしいじゃん」
「うるさいな。サイこそなんか難しい顔しちゃってさ、全然らしくないよ」
静寂を最初に嫌ったのはサイだった。そのサイとヨコは体育館出入り口前の、雨除け陽射し避けの庇を造るために後から増設された鉄骨子のうち、別々の2本に寄り掛かる。お互いに体育館とは逆側を向いていて、横目でギリギリ視界に入る位置取りだ。
サイはウネを、ヨコはフラを待つ。
まるでそれぞれの想い人の帰りを望むように。
「2人は……結構話し込む感じだったか?」
「分かんない。でもウネとフラはサイ以上に難しい顔してた」
「ふーん」
話題がぶつ切りになる。不意にぼやいて、数言投げ捨てて、また終わる。
つくづく改まった会話は向かないなと、背筋の鉄骨子の冷ややかさと共に苦笑する。
「……正直。僕的には今、ヨコと居るのが1番めんどくさいんだよな」
「それ、私のセリフだから。ウネとフラとお話しする方が癒されるのに」
「悪かったな、ウネでもフラでも無くて」
「ん? 私、めんどくさいんじゃないの?」
「……それは、あれだ。誰もいない退屈よりはちょっとマシって意味だろ」
「……伝わらないって。もうちょっと素直にならない?」
上の空のような会話。まるで雨天に傘を忘れて帰路に就けず、止むまで時間を潰す同類のよう。付け加えるなら、両者とも構わず全力ダッシュで帰る性分なのに、何らかの制限が掛けられて大人しく振る舞っているから、余計に甲斐がない模様。
「ヨコは……いや、やっぱなんでもない」
「なに? とりあえず言ってみてよ」
「だって、どうでもいいことだから——」
「——どうでもいい話で良いんだよ。いいから、言って」
サイは一瞬だけヨコの言う通りするかどうか迷う。そして別段迷うような問い掛けじゃないことに気付いて、なんだか馬鹿らしくなって、なおざりな語調で訊ねる。
「お前さ、どっか行きたいところとかねぇの?」
「行きたいところ? ロンドンの時計塔」
「……はぁ?」
「はぁ……とはなにさ」
「察しが悪りぃな、状況的に学校の敷地内のどっかに決まってんだろ」
「なら学校のどこに行きたいかを訊いてよ。私、余計なこと言っちゃったじゃん」
「寧ろ余分だろ。ヨコ……の、その海外志向はとっくに聴き飽きたわ」
サイとヨコは不貞腐れるようにして微笑む。
それは昔と同じ、微妙に噛み合わない日常の一幕みたいに感じたから。
「なんか言った?」
「いや、別に?」
「あっそ。じゃあそうねー……強いて挙げるなら私は、校舎裏に行きたいかな? まだこっちに帰って来て、1回も立ち寄ってないからさっ」
「校舎裏か……了解、じゃあ行くか」
そう言ってサイはヨコを適当に見遣り、鉄骨子からから離れて歩き始める。
一方でそんな姿に戸惑っているというより、いきなり何を言い出すんだと、歩き出すんだと、双眸をパチクリさせるヨコが未だに佇んでいる。
「ん……僕、そんなに変なこと言ったか?」
「いやだって、体育館でウネとフラの2人を待っても良くない?」
「このまま待ち惚けてたって、ウネとフラが帰って来るまで何にもならないだろ。僕はどうしようか迷って立ち尽くしてただけだし、ヨコが行きたいところがあるなら、ついでに付き添おうかなって……」
「……そう、私は行きたかったから願ったり叶ったりだけど。というかそれ、最悪私1人でも良いよね?」
「……まあそうだが。僕だってやることがないんだ。あと……メグのこともあって、あんまり独りで居るのが、しんどいって分かったからさ……」
冗談めいて訊いて来たヨコは、サイからメグの名前を聴いた途端、たちまち殊勝な顔色になる。独りがしんどいと言うサイの率直な感想に、どこか共感出来てしまったかのように。
「2人は……まだ戻って来そうにないしね。仕方ない、一緒に校舎裏に行きますか、サイ?」
「そうだなヨコ。仕方ないから、な?」
ヨコが不敵を装って笑う。
対してサイが、にへら顔で返す。
まさに悪役芝居のようなやり取り。
「変な顔」
「それブーメランだからな」
「サイには理解が及ばないだけじゃない?」
「んなことねぇよ」
ただお互いに下手くそ過ぎて、ノリ重視の学芸会以下のコントになり下がる。
本当に失笑ものの、どうしようもないムードだ。
ただそれらを含めて、サイとヨコの関係性を表しているといえる。
そのまま2人は軽口を叩き合いつつ、校舎裏へと歩き始める。いや……2人きりでようやく軽口を叩けるようになった、と言うべきかもしれない。
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