第12話

 メグの進路調査票を発見してすぐ、動揺を残したままながら一旦フラと別れ、気晴らしにと再び校舎から外に出たサイは、当てもなく校庭をぼんやりと眺めつつ感傷に浸る。

 サイ、ウネ、ヨコ、フラ、そしてメグは小島の数少ない同級生で、友達で、気心知れた相手だった。そこを疑う余念すらサイ視点は無くて、みんな心の底から信頼を置ける人たちだと、はなればなれになった2年間を経てもなお誇る。

 けれど誰しも秘密、隠し事、内緒事というものは必ずある。どんなに仲睦まじくても、可視化のしようがない境界線は厳然と存在していて、結局は個人と他人なんだとまざまざと突き付けられる。


「何にも知らなかったんだな……僕。離れていた2年間だけじゃなくて、ここに通っていた当時の、みんなのことも……」


 性別、年齢、国籍、貧富、容姿など……枚挙に暇がない線引きの例えがあって、あらゆる美醜と尊厳と卑下に惑わされる千差万別の人種の1つに過ぎない。


 フラと発見したメグの進路調査票がいつのもので、どのくらいの本気度だったのか、サイには皆目見当も付かない。

 帰結として誰よりも先に、お嬢様高とも噂される本州の女子校に進学を決めたこと……それだけだ。経緯は何も解らない。


「もっと知り尽くしている気が、あのときはしてたんだけどな……」

「あ……本当にいた」


 その声は無力さを包み隠すように、両手をパーカーポケットに突っ込んだサイの真後ろから聴こえる。


「本当に?」

「フラが、サイは外に気分転換だって」

「そうか——」


 間髪入れずサイは振り返る。

 もう誰の声かも、分かっていた。

 そこに居たのは、5人の中でサイと最も付き合いが長いウネ。

 いつもより微かに掠れているのにも関わらず、どこか慈しみのある彼女の雰囲気が伝わって来る。


「——……泣いてたのか?」

「……誰か?」

「バカ。お前以外、他に誰が居るんだよ」

「……サイの、想像に任せる」

「あっそ」


 これ以上追及するつもりは毛頭ないと、サイは適当にそっぽを向く。てっきり反論やら、否定やらが入るものだとばかり思っていたから、ちょっと反応に困ったせいもある。


 意外と感情的なんだなと印象を持ったこと、目尻が化粧気も無いのに赤くなっていること、珍しくハスキーボイスに変わってること。ウネに踏み込める要素なら即座に浮かんでは来たけれど、どれもこの場にふさわしく無くて、扱える自信も無くて、なおざりに済まそうとしてしまう。


「サイ」

「な、なんだ?」


 ウネの呼び声が居た堪れない静寂を破る。

 気不味く逸らしたサイの視線はあっさりと、再びウネの方へと戻される。


「ちょっと校庭の方に付き合って欲しいんだけど、いい?」

「……それは別に構わないが、何か理由でもあんのか?」

「……校舎に帰るのは気が引けるから。今はフラとヨコが2人で教室で、見ているだろうし」

「……なるほどな」

「しかもフラは初めて目の当たりにするんだし、邪魔はしたくない」


 今頃フラはヨコの付き添いで、メグの身に起きた惨状の痕跡を直視していることだろう。サイとフラが一旦別れたのもそのためだ。

 これはお互いに弱みを見せたがらない性分だと理解しているからこその配慮で、第一発見者のヨコのみを残す。


 ちなみにウネが述べる邪魔というのは、現実を受け止めらためのそっとしやすい環境にするためでもあるが、ヨコとフラによる長年の煮え切らない一方的同士の想いも含まれる。言葉にするといつも冗談のようにしかならないが、一緒に過ごしていれば薄々と勘付くもので、もちろんサイも分かっている。


「確かに、アイツらの邪魔は良く無いな。んじゃあ行く……って、校庭のどこ?」

「ブランコとタイヤ跳びのあたり」

「……えらく具体的な指定だな? そんなにそこに行かないといけないのかよ」

「うーん、どうだろう。正直そこへ行く必要性は無いんだけど……ヨコとメグと、普通に喋ってたところに戻りたくなったから、かな」

「……そうか」


 ブランコとタイヤ飛びの設置されたところは、ウネとヨコとメグ、女の子3人で最後に会話をしていた場所……腹部に刃物が刺さって意識を失う前のメグと、なんてことない、他愛のないお話をしたと思しき空間の記憶の欠片がある。


「やっぱり、変……な指定だよね」

「いや、別に変じゃねぇよ——」


 ウネの言っていることはとどのつまり、現実逃避に他ならない。セリフを曲がりくねって受け取ってしまうのは悪いが、仮にサイと戻ったところでなんにも得られはしないし、元気なメグが帰ってくる確証もない。


「——行くか」

「うん……ありがとう」


 こんなのほとんど無意味だと、サイですら悟れる。ウネとためにも、メグのためにもなりはしないだろう。

 それでも、そうだとしても、ウネがそう望むのなら付き添わない選択をする必要も無い。感傷に浸ったり、ぼんやりとする時間にはなるんじゃないかと、先程までの経験談からサイは思案する。


 そもそも代替案も無い。

 別途行きたいところも特に無い。

 ちっともアイデアが舞い降りてくれない。

 しかるに、意向を示してくれたウネの提案に付き添わない理由そのものがない。

 だからサイはウネの気持ちに寄り添う。

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