第13話

 それからサイとウネは黙したままに横並び、淡々と俄雨上がりの砂のグラウンドに足跡を付ける。ところどころにあるこぢんまりとした水溜まりを避けつつ、雨水滴る鉄棒などの遊具を横目に、事前にウネが指定したブランコとタイヤ飛びのちょうど中間に着く。


 ブランコの鎖や安全柵が錆び付いて、丈夫な木板は色濃くなる。タイヤ飛びは大型のトラックに使用されていてもおかしくない大きさで、レインボーを意識してか7色の塗装と7個のタイヤが等間隔に設置された形跡が残っている。

 残念ながら全てが色褪せてしまい、2個のタイヤが破損したため撤去されて、当初のコンセプトは廃校になる以前に形骸化しているが、サイやウネを含め、みんなの思い出の1つには違いない。

 そこからの景色は見通しが良く、グラウンドはもちろんのこと、校舎の成形まで捉えられる。


「ブランコって、こんな低かったんだな」

「……そうね。中学生くらいになってから全く乗ってないだろうし、なかなか気付きにくいけどね」

「3人はどこで話してたんだ?」

「えーと、どうだったかな……雨がまだ降ってなかったから、ヨコとメグがタイヤに座っていて、私は立ったまま。メグが校舎に戻ったあとも、そのまま……ヨコがタイヤの上に立ち上がって、見栄を張ってたぐらいね」

「ああ……アイツ小さいからな」


 サイは実際に見たわけでもないのに、ひょっこりタイヤの上で危なっかしく爪先立ちをするヨコが、満足げにウネを俯瞰する場面が容易に想像が付く。ついでに両手を腰に当て、小物感がとてつもない。


「あんまり本人に言わない方がいいよ、絶対突っ掛かってくるから」

「分かってるって。何回同じ目に遭ってると思ってんだ」

「はぁ……いい加減学習しなよ」

「そういうウネはどうなんだよ?」


 するとウネが一瞬だけ視線をあからさまに逸らす。どう見ても心当たりがあるという、迷いが感じられる。


「……たまに?」

「たまにでもおんなじだわ、人のこと言えねぇじゃねぇかっ」

「まあ……そう言われると、弱い……」

「いやというか。ヨコがちんちくりんかどうかなんてどっちでもいいし、どうでもいい。今はメグのことだ」


 本題はそっちだと、サイは気持ちを整えるように言う。

 ウネも微笑が真顔に戻ってしまって、神妙な赴きが漂っている。


「ウネとメグはここで逢ったのが最後……ってことで良いのか?」

「……そうだね。ちゃんと話したのは……」

「話したのは? ってことは、ヨコと別れたあとにまた逢ったってことか?」

「いや……ちょっと、思い出す。待ってて貰える?」

「ああ」


 口元に手を当てて俯き、考え込むウネ。

 それが数秒か、数分か、サイは時計を確認していなかったから分からない。

 とにかく彼女の思考が纏まって喋り出すまで、言われた通り待つ。


「そのときはね——」

「——おお、そのときは?」

「私は直接メグと話したわけじゃない……でも、遠くから見えていたときがあるって感じ?」

「それはいつだ? 分かるか?」


 サイはウネへと前のめりになって訊ねる。

 この証言はもしかすると、メグの身に起きた時刻の限定に繋がるかもしれないからだ。


「んー……いやごめん。ヨコと別れたあとなのは間違いないんだけど……」

「なら見た場所は? 場所が判明すれば、ウネの行動から割り出せるかも知れない」

「……校舎には幾つか、部屋窓があるじゃない? でも、どこのカーテンも大体閉め切ってるよね?」

「え? おお、そうだな。もう使ってないわけで、開けっぱなしにしておく必要が無い」

「その中で私、ついさっき見てきたんだけど、教室は開いていたんだよね。だから、もしかしたら教室だったのかなって——」


 校舎の窓自体は各部屋にあるがほとんどがカーテンで閉め切られている、これは事実だ。例として職員室のカーテンもしっかり閉まっていて、天気のせいもあるが、校舎内が全体的に暗いとサイは思っていた。


 しかし当時の教室は、サイが入ってすぐにヨコとメグの識別、メグの腹部に刺さった刃物と現場状況、それぞれ視認出来たことから、カーテンによる遮光はなかったと思われる。フラかメグが相談事をしているときに開けたものかも知れないとサイは推測する。

 そしてそれよりも前ならば、ウネが覗いても全然不思議じゃないと。


「——私は校舎の外から窓越しに人影が1つ、メグを見掛けた……んだけど、あれが本当にメグだった確証も無いことに、今更ながら気付いたというか……」

「おいおいマジ……まあ、メグかどうかはともかくとして、念のために訊き直すが、教室の中って確信を持って言えるのか?」


 メグじゃなかった場合。サイ自身は除外するとして、ヨコか、フラか、もしくは校内にいつのまにか潜伏していた外部犯の線まで浮上する。確率としてはかなり低いが、否定出来る根拠もない。


「いや……その対面にある準備室かもしれない。そっちも確か開いてた気がする。裏側に向かうときのルートはどちらも映るから……サイも校舎の反対側に行ったのなら、見てないの?」

「僕はウネと逆のルートで向かったからな。ほら、プールを経由したら、自然とそうなるだろ?」

「あ、そっか。そうだね……」


 教室は体育館の逆側にあって、体育館からプールに向かうとなると、そのまま校門から考えて左側ルートを進むことになる。

 対してウネのルートは、校庭から教室棟のある右側ルートを使ったと分かる。

 ただこれだけだと別ルートなだけで、結局は同じ校舎裏に辿り着く。玄関扉からなら所要時間も相違なく、思い立った居場所や気分で都度決めて行く、他愛のない選択の差異に過ぎない……ウネの目撃情報が無ければ。


「あれ? じゃあ少し変じゃないか?」

「え……何が?」

「いやだってお前、僕の後ろ姿を見たんだろ……逆ルート使ってんのに、いつ見たんだよ?」

「あっ、確かにそうだ……んん? もう、1回整理する時間を貰ってもいい? どこかで認識違いがあるかも知れないから」

「……分かった。ついでに僕もちょっと考え直してみるわ」


 雨後の曇天が人知れず影を落とす。

 陰鬱にも似た悶々が、サイの胸をざわつかせる。

 こうしている間にも、時計は止まらない。

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