第11話

 サイとフラは手分けして職員室が散らからない程度に、メグに繋がる手掛かりを本格的に漁りに掛かる。まずサイは見通しを良くするために、窓側のカーテンを全開にする。ヨコがサイとフラよりも前に訪れていると言っていた割には、とても綺麗な状態が保たれている。


「こうして見ると、結構そのままなんだな」

「もう廃校になってるし、先生もいないし、捨てられていてもおかしくねぇのにな。僕らにとっては、色々知りたい上で好都合だが」

「まあ、な……こういう探し方じゃなかったはずだけど……」

「そうだな……じゃあ僕は昔、えっと、御茶請けが置かれてあった辺りの小棚を探るわ。フラはどうする?」

「俺は無難にファイルがたくさんある、ここからにするかな」


 職員室の構造は、入室してすぐ壁面に沿うように、過去の足跡を記したファイルや書類にアルバムを収納したオフィスキャビネット。中心部には4つの事務用机が集結し、室内を静観しやすい最奥の位置に校長先生の机がある。この学校は少数の先生しか勤務していなかったため、校長室も一緒の部屋だ。

 そんな校長机の隣には簡易仕切り壁と、その向こうには対面ソファーと双方に挟まれる形で木製の長机が設置されている。ここが所謂応接室となる。


 応接室といえば、来客のもてなしをするところだ。必然としてそばには急須や茶葉に電気ポット、添え物の御茶請けが手早く用意可能にするスペースを確保していた。

 現在はその場所に何も置かれてはいないが、5人は子どもの頃に美味しそうなお菓子を先生にねだったことが何度もあって、自然と御茶請けのあったところなんて抽象的な表現が伝わり合う。


「そういや在校生の頃、こういう重要なファイルがあるところって、開けるなって釘刺されてたような……気がする」

「そりゃどこの学校もそんなもんじゃね? 高校でもそんな感じだろ?」

「ああ、へぇ……」

「ん? ああ……——」


 完全に失念していたとサイは口元を右手で覆う。学校を卒業してからの進路はまちまちだ。みんながみんな、通学をしているわけじゃない。


「——フラは卒業してすぐ仕事に就いたんだったな」

「うん。俺の場合、親戚にコネクションがあったから。高校に進学して3年間遠回りするよりも、直接利用した方が良いかなって……——」


 気にするなとばかりにフラは微笑む。

 オフィスキャビネットから適当に取ったファイルを、徐に開きながら。


「——仮に進学したところで、サイたちの誰かと一緒の進路にはならなかっただろうし、高校生になって新しい交友関係を築くのだって難しそうだ」

「そうか? 進学先はともかく、フラは僕より顔も頭も性格だって良い。何もしなくても集まって来そうなものだけどなー」


 そう言って自嘲めいた虚しさが残るが、主観的客観的、どちらにおいても事実だとサイは認めている。付け加えれば体躯も立端も運動神経も包容力も、大抵はフラの方が優れているだろう。

 それは劣等感や嫉妬なんてつまらないものじゃなく、フラはそれだけ他人を惹きつける要素があることの裏返し。

 サイだからこそ知る、フラの素朴さだ。


「買い被りすぎだよ、サイは。俺はサイやヨコが積極的に誘ってくれて、ウネやメグが見守っているから、独りじゃなかったんだと思う」

「いやいや。まず独りのヤツは誘われないし、雰囲気で誘いにくいもんだろ。ましてやフラみたいに欠点が少ないヤツならなおさらだ」

「ははっ、そんなこと言うのはサイだけだね——」


 フラが一瞥し、サイに対し笑顔で告げる。

 いつかの記憶すらも織り交ぜた表情だ。


「——それでサイは、そっちは高校でどんな感じで過ごしてるんだ? まさかもう落第したなんて言わないよね?」

「し、してねぇよ……ギリギリ」

「おお……いやギリギリなのかよ。流石に高校範囲の勉強なんて教えられないぞ?」

「分かってるっての。でも高校の内容にも基礎の復習みたいなものもあってよ、昔フラに教えてもらったところとか、結構有効活用出来てるんだわ」

「マジ?」

「大マジだ。それで赤点を回避した科目もある……もしかすると、もうヨコとの差が出ちまってるかもな」


 小棚あった本州の進学先一覧が記述された資料を眺めつつ、サイは嬉々として口角が上がる。彼の高校生活は可もなく不可もなくといった具合だが、時節いつかの記憶が降って湧く瞬間は、良くも悪くも可笑しいものだ。


「話を聴いている限り、順調そうで何よりだサイ……——」

「——さあ、それはどうだか……ん? どうしたフラ——」


 それとなくサイがフラに視線を向けた刹那、眉を顰めたフラの横顔を捉える。手元には一枚の用紙があったことから、その内容に不可解な要素があるらしいと判る。サイはすぐ小棚からフラの元へと駆け寄って、その用紙を覗き見る。


「——え? これって……どういうことだよっ」

「ここまで、だったのか……」

「嘘だろ、あのメグの家で……というかフラ以外は……」

「……だよな。なんで、メグが……メグの家って、まだ裕福なはずだよね?」

「ああ……」


 フラが持っているその用紙は、中学時代と思しきの進路志望用紙。氏名にはメグの本名が記述されていて、希望欄には、『第一志望就職。進学の意向なし。理由、家族の負担になりたくない、少しでも金銭面の足しになりたい』。

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