第10話

 理詰めし過ぎも良くないと、ヨコを筆頭に休憩を挟み出してクールダウンを取る。手荷物にあった飲料水で喉を潤したり、お手洗いを利用したり、ぼんやりと遠くを眺めて1人の妄想に耽ったりとバラバラだ。


『メグの身に起きた真相も解明出来ず、またどうしてこうなったのか、その理由も不明。このまま体育館に居ても埒が開かないと、メグが刃物で刺されて意識を失っていた教室を始めとした校舎内を、効率と単独行動を防ぐ目的で2人1組に分かれて散策することになる。もしかしたらこの校舎内に、今回の事件に発展した何かがあるんじゃないかと疑ってのものだ』


 協議の結果、最初は男女それぞれで分かれることになる。サイとフラ、ウネとヨコのグループだ。シンプルで妥当とも言える振り分けだろう。


「フラ、良いのか?」

「なにが?」

「いやお前、メグが倒れていた後の教室を知らないだろ? なんならウネとヨコと同じく教室を見ても……」


 ウネとヨコ組は真っ先に現場となった教室に向かい、サイとフラと遠慮する形で職員室を物色していた。後でフラだけ入れ替わる予定ではあるが、4人一緒で踏み込むべきだったんじゃないかとサイは杞憂する。


「ああ。おそらくは痕跡だけ見ても血の気が引くというか、まだ覚悟が決まり切らないというか。現実を受け入れられるのか、不安なんだよ」

「そういうものなのか……」

「俺だけかも、しれないけどな。あと……今はヨコとウネだけにした方が良いとも思ったから。俺とサイが居たんじゃ、感情を押し込めて見栄を張るだろ?」

「……ふ、そっちが本音かよ。まあお前らしいっちゃ、お前らしいか——」


 廃校となって、教師陣の必要最低限の私物を除いた数々の思い出の痕跡が残る室内を流し見ながら、サイは教室に足を踏み入れたであろうウネとヨコを慮る。

 教室には学校への感謝を大々的に綴った黒板、進学することで使わなくなるであろう中学時代の持ち物や、2年前から更新がない貼り紙と画鋲に、配置が変わらない教卓と机椅子。


 置き去りにした数々の物的アルバム。

 その中で床に付着したメグの血がべっとりと、どう見ても誰かの膝小僧が擦り剥けて垂れ落ちたレベルの血液量じゃなくて、メグの身体があった箇所を模ったようにして異質にこびり付いているはずだ。

 それは皮肉にも、メグがそこで倒れた生々しい証拠にもなり得る。ありとあらゆる感受性が刺激されて、人目も憚れない嗚咽が迫り上がってしまってもおかしくはない。


「——あいつら、3人で良く一緒に居たからな。僕たち以上に、思うこともあるか……」

「……そういうことにしとこうかな。それで、サイ」

「ん? なんだ?」

「どうして俺を職員室に誘ったんだ? どちらかと言うと俺は、教室から出来る限り離れた場所に行きたかったんだけど」


 もしもウネが感情を抑えられない場合を考慮して、フラの希望はメグが経由したと思しき校庭を巡ることだった。だがサイが職員室を強く希望したがために付き添うこととなっていて、また詳細も伝えてられていなかった。


「ああ、それはな……怒ってたウネには言わないって、約束出来るか?」

「うん。実のところ俺も、サイが言おうとしてたことも、捨て切れないから」

「……悪いな」

「いやいや。俺もちょっと自分のことを冷徹だなと思ってたから、お互い様だよ」


 ウネには黙って欲しいと前置きしたのは、これから語る内容がメグの自殺を線を追った場合だからだ。各々の行動経路がアリバイ証明にはならないけど、大きな齟齬も無く、ウネとヨコ並びにフラとも長々と会話をする拘束時間を加味しても外部による犯行も薄く、やはりメグが自ら手を下した蓋然性が否定出来ず高まるばかり。


「ここに来た理由に戻すけど。メグがこの学校を選んであんなことになったかもしれないだろ? それで2年前の情報がそこかしこに残っているであろう職員室に来て、なんかメグに関する記述とか、履歴とかないかなと……僕たちが、知らず知らずのうちに追い詰めていたかもしれないからさ」

「そっか俺たち……もしかしてサイは、職員室に当てがあったりするのか?」


 サイは即座にかぶりを振る。

 メグが刺されて倒れるなんて事態が、実際に起こるとは思ってもいなかった。

 当てがあると答える方が不思議だろう。


「いいや全く。ただ、あるならあるで利になるだろうなって思うし、ないならないで仕方がない。つまりどちらであっても、職員室を探して損になることはどこにも無い……くらいな感じだな」

「言われてみれば、そうかも。この様子だと職員室が隅々まで漁られた感じじゃなさそうだ。おそらくは卒業前の進路関連とか、学校に通っていた頃のあれこれも残ってそうだ」

「……そう、だな。実は当てずっぽうで職員室を指定したとは、口が裂けても言える雰囲気じゃなくなったけど……」

「それ言ってるようなもんだぞ……いや、そんなことはどうでも良いか」


 これがもし本当に自殺だったのならば、深層心理に近付ける要因が、わざわざ小島の学校を選んだこと。5人が揃ったときに実行へと移したことだろう。となるとこの小島に、廃校になった学校に、他の4人の誰かがきっかけと考えるのが無難な判断材料となる。

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