第7話

『如何なる理屈や主因があれ、メグの身に起きてしまった出来事の改竄は叶わない。裂かれた腹部から流れされた血液は元に戻せないし、まだ健在だったときに時間を巻き戻すことも無論不可能だ。

 それに、もしかしたら彼女自らの手による行為である蓋然性まで考えられている現状。流石に他人事ではないという自意識はサイの内情でも芽生え出す。


 けれども4人は無力だ。みんなしがない未成年だから仕方のないことではあるが、応急処置も出来ず、大人に縋るしか及ばず、この場でただ祈るだけ。なによりメグのことを大抵分かっていた気分で居て、すっかり慢心していたと気付かされ、今更ながら自戒する』


 それでもサイは、改めてメグと向き合う。

 乞食をせがむように、または神仏へと願い頼むよりは、幾らか誠実なんじゃないかと思ったりもする。そう逡巡としていると、サイの位置関係からはちょうど対極に居り、心身の起伏を平坦とさせるように胡座をかいていたフラが、唐突に挙手をした。


「ん? どうしたフラ」

「実は……俺もメグのことについて、腑に落ちない点があるんだよな」

「ま、マジ?」

「おう、マジマジ」


 サイが念のために訊ね返すと、フラはクールな微笑みを浮かべつつ、挙手した右手を軽く振って肯定する。それはどこか懐かしい、彼本来の柔らかい笑み。ちょうど良い軽口加減を含めてなんだか、親友で悪友だった2年前の遣り取りが戻って来たような感覚になり、サイの顔も場違いを承知の上でやや綻ぶ。


 しかし今は、そんな平穏な雰囲気では決して無い。

 フラは咳払いを挟んで仕切り直し、腑に落ちないという雑感を述べ出す。


「本当なら誰にも話すつもりもなかったんだけど、メグがサイとヨコが言うようなことになって、しかも自分で……なんてことまで疑われているなら、隠さず話した方が良い……実は俺、メグと教室でそこそこ長い間……喋ってたんだよ」

「えっ? そ、それは今日の話?」


 誤解がないようにとヨコが訊ねる。

 フラは一度だけ頷き、さらに続ける。


「うん。内容はまぁ……恥ずかしながら、俺のことを一方的にメグに相談してたみたいな感じ。ほんと俺が説明下手に喋っていたところを、メグが補完とアドバイスをくれただけ。メグのことはほとんど何にも分からない」

「あのフラが相談事? しかもメグに?」

「まあな……」


 再度ヨコが疑問を投げ掛けると、今度は後ろめたいことがあるかのように視線を背けるフラ。事が事なだけに随分と怪しい所作になり、下手をすれば犯人かどうかの嫌疑すら掛けられかねない動き。

 だけどサイの主観では、もしフラがメグを刺した犯人だとするならば、率先して容疑位置に介入する発言を始めたことになり、完全に払拭こそ出来ないが違和感はある。


「長い間っていうのは、具体的にはどれくらいだ?」

「え? ああ……ちょっと思い出すわ——」


 それからフラは暫く黙り込む。

 学校の教室には体育館にあるものと同じアナログ時計が立て掛けられている。

 うろ覚えでも、何気なく時刻を流し見た記憶が残っているかもしれない。


「——えっとだな。8を示していた気がする……15時から15時40分を少し過ぎたくらい」

「なるほど、そのまま40分か。僕らがメグを発見したのは多分……今何時だっけ? 17時25分?」

「17時20分弱、少しずれてるって……いえ、ずれてるらしい」


 すかさずウネが補足してくれる。

 体育館の時計はなにぶん古いから、時刻の狂いが生じている気がしていたが、どうやら事実のようだ。


「おお、了解。ということは診療所との往復もあるからその1時間前辺りと仮定して……少なくとも16時前後ぐらいまでには、メグは教室で倒れていたってことになる」

「みたいだね」


 あくまでフラの証言と現時刻からの逆算による仮定だが、そこまで逸脱した時間では無さそうとサイは所感する。だけど同時にメグが意識を失っているときに、教室にある時計を一瞥していればという悔いは残る。さすればより正確な時刻を進言出来て、議論で詰めやすくなったのにと。


「……そうだ、ヨコはメグが倒れているときの時間を知っていたりしないか?」

「あ……いやごめん。気が動転して、それどころじゃなくて、ほんとごめん」

「いや……だよな、僕も同じだ」

「でも、16時くらいっていうのは納得かも」

「納得?」


 するとヨコはウネと視線をかち合せながら、何度も赤色の郷土玩具のように頷く。その視線から察するに、ウネも納得の証明に関与しているらしい。


「だって私とウネは、フラとメグが話していた15時よりも前に3人で集まってたときがあるから。ねぇ、ウネウネ」

「……ウネウネじゃないよ。でもヨコの言ってることは合ってるよ。そのあとにフラが40分も話し込んでいるのかどうか、私的には分からないけど、信じるなら後しかないなとは……」

「なるほどな……つーか、体育館で別れた後、僕以外全員メグとの接触があるのか」

「らしいな」


 こうなると相対的にサイが何にも関わり合いが無いと、ウネも、ヨコも、フラも考えるだろう。嘘を吐いているときでも、状況的にウネとヨコが特に疑いにくいはずだ。2人はサイが後から校舎内に入ったこと、後ろからメグを発見したことをそれぞれ知る人物だ。

 校舎の入り口は一つしかなく、窓も全て閉め切っており、なんらかの共犯でもない限り不可能な状態と言える。もしメグを刺した犯人が居たと仮定した場合、正体隠匿系ゲームの専門用語を引用するならば、サイは自らを確白置きしても良いんじゃないかと客観的に思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る