第6話

『青天の霹靂からもうすぐ1時間。暗雲立ち込めていなければ、夕陽が燦々と小島全域を染め上げるであろう時間帯だ。みんな平静になれるとまではいかなくとも、呼吸のやり方すら忘失してしまうくらいの漠然からは立ち直りつつある。そんな陰鬱な最中にサイは、メグの心配をしつつも、どうしてあんなことになったんだろうかと思案に沈む。発見当初はなりふり構っている余裕すら皆無だったけれど、よくよく現場状況を振り返ると、不審な点がいくつか挙げられる。そのことをウネ、ヨコ、フラの誰かに切り出して良いのか否か、機会を伺い出す』


 全員が荷物を持ち寄って、4人が向かい合うようにしながら、適当な位置に鎮座する。


 古過ぎて時刻が正確かどうかも不明な、体育館の校訓看板の真上に立て掛けられたアナログ時計の秒針が等速で動く。館内は清掃がきちんと為されていて、生憎の俄雨だけど、季節外れの温暖の恩恵で肌寒さも感じにくい。


 廃校になった学校の体育館とは思えないくらいの清潔さと温もり。

 黙々と考えを巡らすには適した場所だ。


「あのさ……ヨコ」

「なに?」

「倒れてたメグを最初に見つけたのって、お前だよな?」

「うん。というかそれ、サイが証明してくれそうなものなんだけど?」

「分かってる、念のための確認だ。ただちょっと気になることがあってよ——」


 荷物を持ち寄った短時間の隙に寝巻き用と思しきジャージへと衣替えたヨコが、自らのバッグを抱きながら不満気に唇を窄める。同じくサイも別室にてグレーのスウェットに着替えていて、メグを診療所に連れて行ったことでずぶ濡れになった2人は軽装を身に纏っている。

 久々の帰省ということで、着替え一式が荷物にあったのは幸いでしかない。あと双方とも、タオルを所持していなかった少しの杜撰さを含めてもご愛嬌だ。


「——ヨコは、メグに触ってもいないんだっけか?」

「……そうだけど?」

「だよな。ならどうして、メグは仰向けになって倒れていたんだろうな」


 それはサイにとって些細な疑問。

 対してヨコは、あまり不思議には思っていないらしく首を傾げる。


「んん? それってそんなに変なことかな? 理由はわからないけど、突然誰かから襲われのかなって私は考えちゃったよ?」

「ああ。でも僕はそこがおかしいって思った」

「仰向け……」


 サイによるおかしいという指摘にもヨコは疑問符を浮かべるが、ウネの方は訝しむ。薄々サイが何を言おうとするのか推測出来てしまったようだ。


「だってよ。仮にメグを襲ったとするならさ、もっと意表を突く心理が、襲撃する側にあるはずなんだ。例えば……背後からこっそりとか?」

「ああー確かに。んーでも、メグが咄嗟に振り返って、あんなことになったのかも……」

「それならもっと抵抗すると思わないか? しかも箇所が前側で、あんな誰が見ても仰向けと判る体勢じゃなくてさ……蹲って倒れる方が自然だと僕は思うんだけど、違うかな? だから個人的には、全部がメグ本人の手によるものというか……」


 大の字と表現するには些か大袈裟だけど、メグの仰向けは腹部を刺されたにしてはあまりにも綺麗過ぎる姿だった。まるで睡眠時を襲われたかのようで、同時に教室内が荒らされた形跡が何一つなかったことも思い出す。

 となると一番の懸念点は、メグ以外の誰もが関与せず割腹した場合。


「サイ、メグが自分で自分のお腹を刺した……って言いたいわけ?」

「えっいや………………ちょ、おいっ——」


 サイは色々と否定しようとしたが、図星を突かれたせいで反応がやや遅れ気味になる。そんな一瞬の弛みをウネは見逃さず、許しもせず、ぼやいたサイを責め立てるように腕へと掴み掛かる。


「——いやいや待てウネ。まだそうと決まってないが、あり得なくはないって話を——」

「メグはそんなことしないっ! サイだって分かってるでしょ! なのに……」

「僕だって違うと思ってるって! でも全くないとは断言出来ないだろって——」

「——ううん、断言出来るよ。たまたまそう見えなくもない体勢……そうだ、そう襲った誰かが仕向けるために無理やり変えたとかじゃないの?」

「その……——」


 メグの体勢から推測される最大の懸念は、メグが自らの腹部を刺した自傷行為……つまり、自殺を試みた場合。仮定としてそうだとするならば、教室が荒らされず、まるで無抵抗のような仰向けで刺された説明を付き、犯人がいないんだから4人以外の目撃情報がこれまで一向に溢れ落ちない理屈までも通ってしまう。


 けれどサイは、メグの自殺を仄めかしたことに、ウネが速攻で反駁して来たことも理解出来た。状況証拠を並べた結論だけなら自殺が濃厚ではあるが、未だきっかけが欠如している。つまりは早計だと。


「——メグが刺されたにしても、自分で刺したにしても、少なくとも僕にはそうまでする、される理由が考え付かない」

「……っ」

「だからヨコも、フラも、もちろんウネも、なにかメグが悩んでいたとか、心当たりがあるんじゃないか? こうなったことには、絶対なんらかの訳があるはずだから」


 睥睨するウネを真っ向から迎え撃つように、サイは言い切る。メグの身に起きてしまったことは変わらない、代わりようがない。だけど5人の地元である小島の廃校者での事件だ……何かが、誰かが、こんな悲劇を産んでしまった遺恨を握っているかもしれないと。

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