第5話
しんしんと体育館に反響していた無数の雨粒音が減少する。サイとヨコが到着した頃の、軋んだ扉が全開のままになっていた時点で、心証的には雨が弱まってる証ではあったが、その前向きな変化に過敏になるゆとりは誰にもなかった。
サイ、ウネ、ヨコ、フラの4人が四角を形成するかの如く座り集まっているその空間は、言論統制がなされ自粛したようなやるせない沈黙が続き、広々とした館内が虚しさを
メグがいないことだけならまだしも、腹部にナイフが刺さって診療所に居るなんて状況を易々を受け入られない。加えてもしも、今から診療所に全速力で向かったところで、誰にもどうにも出来ないと理解している。
何も出来ない無力の焦燥。
安らぐための置きどころがない不安。
吐き捨てられない鬱屈。
勝手な喪失感まで漂う雰囲気。
驟雨の残響が僅少のくせに煩わしい。
「あのヨコ、一つ確認したいんだけど……いい?」
「もちろん。遠慮しないで、何でも聴いて。私の知り得ていることなら答えるよ」
恐る恐る静寂を破ったウネ。
対してヨコも最大限の微笑で応える。
どちらも堅苦しさは拭えないが、重圧すらあった体育館内の張り詰めた空気が、瞬間的に
「こんなことを訊くのも不謹慎かも、なんだけどさ……メグは、生きているんだよね?」
ウネがヨコに訊ねたのは、メグの生死。
ナイフが刺さって意識を失っていたメグ……なんて情報を貰っていたのなら至極当然の疑問だろう。寧ろ真っ先に問い質したかった内容かもしれない。すると隣に居座るフラも同感だと、何度も頷いてみせる。
「えっと……ごめん、私からは意識がもう無かったとしか……あっでも確か、サイは意識のないメグの脈拍を測っていたよね……どうだった?」
ヨコは憶測から解答することも可能だったけど、ここはサイに委ねる。これは肌身で直接調べたサイの意見の方が、視認しただけの憶測なんかよりも正確で信憑性のある答えになるはずだと考えたからだ。
「んん……とりあえず、僕が発見してすぐ脈を測ったときは、微かにだけどまだ脈打っていたよ。だからこそすぐ診療所に運んだし、出血性ショック? に、なりにくくするように、刃物もそのままにした、と思う……」
「……ということは。まだメグは、生きているってことで良いの?」
サイを神妙に見据えながらフラが訊ねる。
まるで藁にもすがるかのような、メグの存命への切望が滲み出ている。
「一応は生きてはいたよ。でも診療所に移ってからどうなっているのかは僕にも分からない。だから希望が全く無いわけじゃない……とだけしか言えないかな。ヨコが少し先なんだけど、僕がメグを発見した段階でもう意識は無かったし、もちろん会話なんて交わせるはずもなくて、流れていた血液も多過ぎるという第一印象があるから……もしものことも、十分にあり得てしまう危険な状態ではある……」
ここで無責任に生きているよと答えるのは簡単だ。サイ自身もそうであって欲しくて堪らないし、例え希望的観測でも束の間の安堵くらいはみんなに促せただろう。けれど実際にメグの痛ましい姿を目撃した当事者としての主観が、そんな適当にメグの生き死にを断定して伝えてはならない気がした。
「そうか……いや悪かった、答えにくかったよな?」
「いいや。僕もこんな曖昧な感じでしか言えなくてごめん」
メグの生死はもう、診療所の老医師の施術に一任されたようなものだ。天気が最悪で小島外からの要請も渡航も不可能。すがる頼りがそこしか無い。
「やっぱり、まだメグの脈はあったんだね」
「ああ。すぐに診療所へ連れて行かないとって、ちょっとばかり冷静になれたのも、そのおかげだ」
「だよね……じゃないとあんな対応にはならない……ごめんサイ、私が最初にメグを見つけてたのに、何にもせず視界が真っ暗になって、狼狽えてただけで……」
「いやいや、仕方ないってそれは。僕だってヨコの悲鳴で心構えが出来てた状態だったからってだけだし……もし逆の立場ならあんな対処が行えていたか……いや怖くて無理だな」
このことについてサイは、タイミングの問題でしか無いと結論付ける。何の変哲もないはずの教室がいきなり事件発生現場と成り代わったヨコの喫驚と、その驚きと畏れからなる悲愴な叫びを聴いて、最悪の想定が
「メグ……そんなことになっても生きてはいたんだ……良かったって言うのが適切かどうか分かんないけど、メグがまだ生きてる望みがあるのは……良かった、本当に」
「うん……予断は許さないだろうけど、生きていて欲しいよ」
メグの生死は現状、ここに居る誰にも分かり得ない。それこそナイフに刺された人なんて、まだミステリードラマや小説の世界みたいな展開にしか思えなくて、実情が追い付いて行かなくて、まだどこかまごついている。
けれど、確かなことが一つある。
診療所でメグは生きるために戦っている。
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