第4話
全部怖いくらい、恐ろしいくらい五感に刷り込まれている。ヨコが近くに居て気張っていたこと、早く治療を施さなければいけないと焦燥に駆られたこと、ウネとフラにも知らせようと降り頻る大粒の雨を受け流していたせいで、片隅に置けていた現実がリフレインする。忘れ去りたい悲劇の瞬間ばかりが思考を支配して巡らす。
今でも嘘であって欲しいと思う。
なんとか、涙にはならないようにする。
「2人とも、どうしたんだよ……というか、メグが居ないな? 俺てっきりサイかヨコと一緒なのかなって思ってたわ」
「そうだね、私も同じ。でも流石に遅すぎるよね……探しに行こうか?」
「……探さなくて、いい」
酷く掠れて、覇気も弱々しくなった語勢でサイは、メグを捜索すると言い出したウネをなんとか制止させる言葉を吐く。
「どうして……みんなもう体育館に集まってるよって伝えるだけ——」
「——そんなことしても無意味だ……無意味だし、もうメグは学校には、いない」
「……サイの言う通り、だよ」
サイの言い分にヨコも同調して頷く。
ウネとフラはまだ疑問符が頭の上に浮かんでいるようだ。メグ1人だけがはぐれて、呼びに行かない理由がないと言いたげだ。
これはもう誤魔化せないし、怯えている場合じゃない。口火を切らないといけなくて、仮に隠しても時間の問題だとサイは乾燥した唇を開く。
「メグは今、診療所に居る。ついさっき僕とヨコで連れて行ったんだ」
「うん」
まず端的に現状だけを吐露。
ヨコも真横で首肯する。
「診療所って……どうして?」
「ケガでもしたってこと? サイに付いた血も関係があるの?」
フラ、ウネが順々に疑問を呈する。
わざわざ診療所に向かうなんて、余程のことがないとしないからだ。さっきまで元気だったことを加味しても尚更だろう。
ましてや大雨の只中。
何らかの緊急性があったと察するには、充分なサイの言論だ。
「うん……ウネが言うケガが一番近いかな。その……——」
サイは肝心なところで言い淀む。
当然だ。昔馴染みのメグが刃物で刺されていたなんて、簡単に喋られるわけがない。
「——メグが教室で血を流して倒れてた」
「え……」
「……ヨコ、それ、どういう……?」
サイの代わりにヨコが述べる。
呆気に取られ、サイも耳を疑うウネとフラと同じくヨコを見る。
そこには現実を受け止められないながらも、両脚を震わせ怯えながらも、強固な眼差しを放って立ち尽くすヨコの姿。
「うん……バタフライナイフが身体に刺さっていて、私が見つけたときにはもう、仰向けの状態で、意識もなかったみたい……」
第一発見者は紛れもなく彼女。
確実に情報を持っている人物だ。
「ヨコ……そんな、冗談でも——」
「——冗談じゃないよ……私はこの目でちゃんと見たし、サイも一緒に居たんだから」
そう言ってヨコはサイを流し見る。
現場の承認同士のアイコンタクト。
ここでかぶりを振る理由もサイにはない。
素直にかつ、躊躇しながら頷く。
「……いや、あの、え……それ」
「……フラが信じられないのも、混乱するのも無理はないよ。私だって、あれがまだ現実だなんて思えない」
目眩でも生じたかのように、フラが額を抑えて狼狽えている。
ウネも自身の身体を抱き締めるようにして、言葉を失っているみたいだ。
この様相を、サイはよく知っている。
腹部を刺されたメグを発見したヨコもこんな風に茫然としていて、恐らくはサイ自らも類似した心境に陥っていたと感じる。
ましては2人は間接的に、言伝のみの情報だ。ヨコの言葉とサイの肯定を信じるしかなくて、過不足な想像まで働かせていることだろうから、思考の乱れも相当なはずだ。
「一旦、整理してから……」
「……そうだね」
サイとヨコはそう示し合わせる。ここに居る全員がある程度の心の整理をつけた方が良いと考え、粛々と時間を作ることにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます