第2話

 メグはまだ生きている。

 微弱な脈拍が、サイにそう訴える。


 サイは昏睡状態のメグを急いで抱き上げ、ヨコと共に島内唯一の診療所へと、夕刻かどうか曖昧な時間の驟雨しゅううに打たれながら駆け抜ける。ずぶ濡れになる身体を気にする間も無く、残されたウネとフラに事情を伝える余裕も無くて、ヨコとの会話も無い。ただただメグが生きていて欲しいと切望しながら。


 本来なら警察を呼んだりするものだけれど、この小島は電波がほとんど届かない圏外になりがちなエリアで、降雨だと尚更通じない。付け加えると駐在所も5年前から人材と人口不足を理由に無くなり、死傷事件を法的に扱えるような人物は、事実上この小島には居ない。


 診療所に到着すると、タイミングよく雨のため早めに休業の看板を掲げようとした、昔馴染みの老齢の医師が扉の前に立っている。そしてメグの凄惨な状態を視認するや否や、久々の再会を喜ぶ暇も無く、集中治療に当たると述べ、サイとヨコからメグを預かる。


 サイとヨコはどうしようかと考え、現場に居たウネとフラにも共有しないければいけないという結論になり、一度学校に引き返す……ヨコを含め、こんなことになってしまった何らかの事情を掴むために……——』


「まだ……2人とも、学校に居るのかな?」

「……さあな、もしかしたら、痺れを切らして居ないかも、知れねぇ。でも、居るなら待ち合わせてた体育館である確率が高い。そこに向かわない、手はないだろ」

「そう、だね」


 『サイとヨコは全身の疲弊に鞭を打ち、診療所から廃校舎まで、余る限りの全速力で走る。。

 雨は止む気配こそあるが、油断していると泥濘が足元を掬いに掛かる。向かい風が酷く体力を削られ、俯瞰して見た波止場の波打ちも激甚で、地元民の感覚からもし緊急で本州に出向く用事があったとしても、この荒波じゃ船の運航は不可能だと断定する。


 それ即ち、メグの外傷が小島の診療所の手に負えない容態だった場合、ほかに治療出来る人物はおらず、もう施す術がないことと同義だ。サイはメグが助かる確率が著しく下がる天気を呪うように、無力の悔しさで奥歯を噛み締める』


「ヨコ、急ぐぞ」

「はぁ……はぁ……、待って——」

「——待てるわけない、我慢しろ。メグがあんなことになった、僕たちが一番そばに居た……もしかしたら、誰かが、関わってるかも知れない」


 メグの腹部には刃物が刺されていた。

 その刃物が正確になにであったかまでは、サイは動転して分からないが、一先ずはナイフとして考える。

 一般的に状況を鑑みれば、メグは何者かに教室で刺されたとするべきだろう。その上で小島の廃校舎にわざわざ他の島民が赴くとは考えづらい。仮にそうであった場合でも、校舎敷地内を彷徨いていた5人の誰にも見つからず教室に侵入し刺したことになる……サイは非情だと承知で、4人の誰がである蓋然性の高さが捨て切れないと思ってしまう。


「ちょっとサイ……まさか、ウネとフラを、疑ってるの? やめてよ、私たちの中に、メグにあんなことをする子なんて、いない」

「ああ……僕だってそう信じたいさ。ただ、僕たち以外、他に誰が居るっていうんだ? まさかメグが自分でやったって言うのか」

「違うよっ! 違うけどさっ……」


 後に続く言葉が、ヨコから出て来ない。

 走りながらだと上手く息継ぎが行われていないせいか、みんなに配慮して押し黙ったせいなのか、はたまたその他要因か、サイには解りかねる。


 一応無くはない線として、サイたち5人が校舎に訪問する情報を入手し、ずっと教室内に潜伏していた場合もあり得る。偶然居合わせた場合だって、なきにしもあらずだろう。

 しかし久々の帰省とはいえ、メグを狙い打つ犯行だとするならば、教室よりも実家付近を張り込んでいた方が遭遇率が断然高い。本当に立ち寄るかどうかも分からない、しかも複数人が居ると分かる校舎に潜む理由を思案しても、なかなかサイには思い浮かばない。


「ヨコは、何か知らないのか?」

「なん、で?」

「最初にメグを発見したのは、お前だ。例えばそうだな、怪しい人影を見たとか、物音がしたとか、なんかそういうの」

「怪しい……物音……出来事……か……——」


 サイが質問してしばらく、ヨコはどうだっただろうかと黙していた。そうこうしているうちに、2人は校門前まで辿り着く。あとは本校舎を迂回した先にある体育館まで行くだけだ。そこで無理に駆動させ続けていた足を2人とも止め、ランニング後の負担の慣らしのように歩き始め、ちょっと安堵の息が漏れる。


「——怪しいことっていったら……」

「何かあるのか?」

「いや、全く関係のないことかも知れないんだけどさ——」

「——それでも良いよ。何にも分からないよりは……」


 サイはヨコを一瞥する。

 そういえばメグがあんなことになって以来、ちゃんと彼女の顔を見てなかったなと……その表情を焼き付けるように、猛省する。


 猛省したのは、一目瞭然。

 いつもは染髪したブロンドヘアーみたいに底抜けに明るいヨコが、一変し顔面を蒼白として、寂寥感すら漂う淀んだ雰囲気を放っていたから。


 サイだってもちろんそうだけど、ヨコもメグの身に起きた惨劇後を目の当たりにした2人だ。

 いわゆる事件現場とも言える場所。

 受け入れろなんて、到底無理がある。


「ウネと、フラと合流して、落ち着いてからでも………………いい、かな?」

「……ああ。無理を言って、悪かった」


 気を遣ってあげられなかったことを、サイは詫びる。対してヨコはかぶりを振り、無言ながら、謝る必要なんて無いと言いたげに両眼を閉ざす。

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