まだ刻まれていないミステリーボードの巡り合わせ

SHOW。

第1話

 これから語られるのは、サイという一見して飄々ひょうひょうとした少年視点からの回顧であり、また率直な心情である。

 幼馴染みの付き合いとは、儚くてほろ苦くて、精緻繊細で脆い。されど尊いものだと願い続ける。


『幼少の頃。5人はいつも一緒に遊んで、勉強をして、たくさんの冒険を共に乗り越える仲間だった。みんな本州から遠く離れた名も無き小島の出身で、その小島に唯一ある学校に通っていて、数少ない同年代の付き合いをとても大切にしていた。比喩でもなんでもなく、かけがえのない時間だった。


 けれど日々日常とは無慈悲なもので、みんなは着実に成長を続けて行く。やがて義務教育課程を終え、一緒に卒業を迎える。余談だが、その学校の廃校日でもある。

 高校に進学するにしても、社会人になるにしても、過疎化の影響により本州の組織に籍を置くことがほぼ必須の環境で、船舶での海上往復で通うのも煩わしい。だから5人とも、生まれ育った小島から引っ越し、本州で暮らすようになり……各々が異なる進路を選んだため、自然と疎遠になってしまう。


 それから2年の月日が経った。

 サイは高校2年生。面白くない、つまらなくはないの狭間で揺れる微妙な年頃だ。

 本州での日常を新生活とは呼ばなくなり、たくさんの人混みの息苦しさにも慣れ始め、交通アクセスなどの利便性の有能さにも甘え出す。良く言えば順応、悪く言えば諦念。


 小島での出来事はアルバムに閉じ込めたフォトみたいな過去になり果て、大きさがバラバラな河原の平石を積み上げたような礎を、知らず知らずのうちに軽視し出す。


 無論、他の4人を忘れたことはない。

 それこそたまに夢にも出て来るくらいだ。

 だけど段々と、他人事になっていく気もした。

 ちょっと良くはないなと思いつつ、みんな同じように本州での生活がある。

 だから水差すわけにはいかず、ひたすら受動態で居るだけだった。


 そんなあるとき、5人のうちの1人であるメグからメッセージが届く。

 内容は春休みのうちに帰省するから、みんなで小島で逢えないかな? というものだ。

 キッカケを待っていたサイは即決で承諾。

 普段の彼に似合わず胸が高鳴り、心なしか表情が綻んでいた。


 春休み。2年ぶりの帰還のため、待ち合わせの小島へ向かう。前日にわくわくしたせいで良く眠れなくて、挙句寝坊までして、一本遅れた13時40分着の船便に乗船しての到着だった。怒られるかなと心配しながら下ると、発起者のメグだけではなく、ウネ、ヨコ、フラの3人も揃っていた……久々の、全員集合だった。


 ウネは昔から変わらず大人びた雰囲気を纏う女の子。以前より髪の毛が長くなり、頬が少しシャープになって、たった2年の空白の間にもう、完成された大人の女性のようだとサイは人知れず思う。元々地頭も良くて、高校は本州でも指折りの有名進学校に通っている。この中で一番、遠い存在になった気がする。サイとの付き合いが5人の中で最も長いせいもあるかもしれない。


 ヨコは絶やさぬ笑顔が可愛らしいムードメーカーの女の子。小柄な身体をしていて、島の向こうの世界に憧れていた影響で、中学生の頃からブロンドヘアーに染髪。今日も優雅に自慢の金髪を揺らす。ただ2年前と体裁がそんなに変わらないなというのがサイの感想だ。ちなみにサイとは勉強成績で最下位争いを繰り広げていた戦友でもあった。もともとサイとは同じ進学先の予定だったが、揃いも揃って受験に落ち、別々の進路を辿った経緯もある。


 フラは柔和な人柄で、少々口下手で手先が不器用なところがあるが、基本は冷静沈着な男の子。サイとは島内の同年代で唯一の同性ということで、お互いの部屋に入り浸ったりして、一番長く連れ添ってた親友で悪友だ。サイの贔屓目があるかも知れないが、相変わらずルックスも体躯も良く、物静かな雰囲気が更に彼の魅力を上乗せする。選り好みさえしなければもっとモテるのになと苦笑した記憶もある。卒業後は本州に住む親戚のつてを辿り就職している。確か農業系だったはずだ。


 最後にメグ。ポニーテールと銀縁のメガネがトレードマークで、彼女はいつも一歩引いて、全体を見渡せるリーダーシップのある女の子。掴みどころのない性格が玉に瑕だが、今回の提案をしたのだってメグ……感謝しても仕切れないなとサイは思う。容姿端麗才色兼備のミステリアス美女……というのは彼女の数少ない貴重な冗談だが、概ね間違ってもいないなとサイは推し量る。進学先は裕福な家庭の影響で本州の女子校……所謂お嬢様高だ。そういえば小島から出ると一番に決断したのも彼女だった。


 天候は辺りに影を落とす曇天。

 無事に船が出立したのが幸運なくらいだ。

 そんな生憎の天気を瑣末事に追いやるくらい、サイはこの瞬間に歓喜の笑みを浮かべる。


 再開を祝して数言交わした後、5人は廃校になった母校の敷地内へと赴くと、見終わったら体育館に集まろうと定め、思い出に馳せるようにみんな手分けして順々と巡る。まるでいつかの冒険みたいだなと感じた。


 そのサイは敢えて感慨深いであろう教室を温存しておいて、体育館、プール、校舎裏の簡易農場などの課外授業に使われる場所を中心に見回る。意味はそんなに無いけど、楽しみは最後に取るタイプだからだ。


 そしていよいよ、校舎内に足を踏み入れようとする。そこには内壁に幼少期の落書き、木柱刻んだ身長年表、他にも忘れているだけの宝物があるかもしれないとドキドキしていた。その少し前に体育館の方向に行くフラを目撃した後、玄関口でウネとばったり逢う。サイはフラの所在だけ簡単にウネへと伝えて、校舎内で寄り道などせずそそくさと教室を目指す。


 そして最後に残していた教室の表札を遠目で確認したときに突如、校舎中に悲鳴が響く。それは偶然にもサイが向かっていた教室の方角からで、ただごとじゃないと所感し、サイも駆け足で急ぎ、教室とほとんど対面してそこにある準備室内を覗き見て何も無いと判断したのち、次に教室内も見遣る。


 そこには茫然と座り込んでいたヨコと、腹部に刃物のようなものが突き刺さって仰向けになるメグ。教室内は机椅子の配置が昔と変わらず、メグはそんな机椅子と後ろロッカーの間に倒れている。一目でメグの身が危ういことを悟り、サイは第一発見者であるヨコに事情を訊ねつつ、メグを介抱しようと身体に触れかける。


 刹那、今まさに床に流れた血液が視界に映る。もう動揺が禁じ得なくて、何かの間違いであってくれと一縷の望みに賭け、震えた手でそっと首元に触れ脈を測る。するとメグからの返事が、辛うじて神経を伝って来る。

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