第4話
俺は毎日やることがない。仕事をやめてファイヤー生活をしているからだ。もうあの家に関わるのをやめなくてはと思ったが、どうしても気になってしまった。売りに出てるというのを思い出して、不動産サイトで検索してみたら、写真入りで出て来た。初めてその家の間取りを知った。不動産の高いエリアだから、値段の割に狭い。
3LDKの一戸建てだ。80平米ある。元々は子どもに一部屋づつ使わせる予定だったんだろうか。でも、子ども一人に一部屋もない。小さいうちはいいけど、狭いんじゃないか。恐らく三階の一番広い部屋が夫婦の寝室だろう。
もう引越していないみたいだが、母親が薬中なんて子どもたちはどれほどすさんだ暮らしをしていることだろう。俺は好奇心を抑えられなくなった。
どんな家に住んでたんだろう。不動産会社に連絡して家を見せてもらうことにした。
「家の人って今どこにいらっしゃるんですか?」
俺は不安になって尋ねた。友山さんと面識はないが、あちらが俺を覚えている可能性はゼロではない。
「もう引越されて別の所へお住まいです」
大手不動産会社のグループの営業マンだけあって、爽やかで感じがよかった。俺はほっとした。
それでも俺は無人の家を見張ることをやめられなかった。
実際家に入ってみると、きれいに使っていたとは言い難かった。壁にクレヨンの落書きもあった。
「フロスは張り替えると思いますので、そのままにしてあります。家具もまだあるんですが、引っ越しまでにはすべて処分しますので、ご安心ください」
俺が家の中に入って驚いたのが、家の中に監視カメラがあることだった。
「これって、今も動いてるんですか?」
俺の姿も見られているのかもしれない。俺が近所に住んでる、無職のじじいだと気が付くだろうか。
「壊れてはいないと思います。貴重品は持って出ておられるので、もう、ご覧になってはいないでしょうけど」
家の中は掃除されていても、汚れが目立っていた。内覧があるから、急いで片付けたのかもしれない。もちろん、散らかった家は印象が良くない。玄関、一階の風呂、トイレ、部屋を見せてもらったが、風呂は塩素の匂いがしたがカビが取り切れていなかった。
各部屋にも段ボールが積まれていた。何で置いて行ったんだろう。捨てるのかもしれない。子どもを捨てて身軽になるんだ。
「引っ越しが済んでないんですか?」
「ええ…まあ。すべて捨てるとおっしゃってましたので、欲しい家具があったら、無料で差し上げられると思いますよ」
リビングは広かった。置いてあった茶色い革張りのソファーは高そうで、いかにも金持ちの家だった。テーブルも同様。子どもが小さいのに、そんな高級家具を置くなんて、貧乏な人にはできない。そこにも、ばっちり監視カメラが付けられていた。
「このカメラは?」
「ああ、お子さんが小さいのと、奥さんに持病があって、家の中で倒れたりするかもしれないからだとおっしゃってました」
「大変ですね。ここは何人家族で住まわれてたんですか」
「ご夫婦とお子さん二人です」
不動産屋には嘘をついているんだ。子どもは三人なのに。
「お売りになる理由は?」
「ご実家が遠方なので売って引っ越されるということでした。今はリモートワークが増えていて、場所を選ばす仕事できる方は、引っ越を検討されてますね。ですから、今チャンスですよ。新しくていい物件が市場に急に出てきますから。こちらのオーナー様は身元のしっかりした方で、購入される方にも安心です」
いいなぁ。俺は欲しくなってしまった。買えるはずないのに。
そして三階。いよいよ夫婦の寝室かと思ったら、その家にはそんな部屋はなかった。狭い方が書斎みたいな部屋になっていて、机とシングルベッドがあるだけだった。家具はそれほどいい物を使っていない。多分、ニトリとかの家具だ。そして、隣の広めの部屋に二段ベッドが二基設えられていた。量販店で売ってるみたいな安物の家具だった。お母さんは子どもたち三人と姉弟みたいにいらしていたようだ。まるで、寮か孤児院みたいだと思った。家族は決して厚遇されていたわけではないようだ。これが家族と言えるだろうか。二階はママ友が来るから高級家具を置いて、見えないところは全然金をかけていない。
「変わった使い方ですね」
「家主さんが在宅でお仕事されることが多くて、部屋を分けたとおっしゃってました」
なるほど…夫婦関係は完全に終わっていたんだ。セレブ生活を送っていると思いきや、こんな粗末な寝具に寝かされていたとは。奥さんはそれでも一生懸命子育てをしていたんじゃないか。俺はそう想像すると切なかった。旦那はもう家には関心がなく、奥さんたちが邪魔だったように見えた。こういう男から見れば、家族なんて不良債権だろう。
男の方は金も地位もあって出会いに不自由しない。旦那の方にはもう目ぼしい再婚相手がいるに違いない。俺はもっと後に結婚すればよかったのにと思った。弁護士なら50でデブでハゲでも引くてあまただろう。俺なんか今だに独身だ。
「遠藤様はどうしてこの家をご覧になりたいと思われたんですか?」
「一度この辺に住んでみたくて…」
俺はネットで調べて全然関係ない人の家の住所を書いておいた。今、決まった年収はないが2,000万円と書いておいた。勤務先も嘘を書いた。
「何人でお住まいになられるんでしょうか」
「3人です。妻と母親です。うちは子どもがいなくて…妻も働いてるんです」
断る時は母が階段を登るのがきついと言うつもりだった。しかし、その家は今時らしくバリアフリー対応になっていた。お年寄りは一階の納戸に住んでもらって、風呂とトイレを使えば何とかなりそうだ。もちろん、俺の母はもうこの世の人ではないから、考えるだけ無駄なのだが。
しかし、割安だった。不動産に割安と言うのは基本的にない。早く売りたいんだろう。俺は何となくその家が好きになれなかった。
「何だか家族の温かみを感じられない家ですね」
俺は思わず言ってしまった。
「そうですか?お子さんが小さかったみたいなので、痛みはありますが…」
「奥さんにお会いになられましたか?」
「はい。お会いしてます」
「え?」
その人は本物じゃない。俺は言ってやりたかった。
「最初にお会いしました」
「あ、そうですか。どんな方ですか?」
「はあ。こういうお宅に住まれているだけあって上品で素敵な奥様でした」
「でも、二段ベッドに寝てるなんて…」
「それはちょっと珍しいですけどね。お子さんたちとワイワイするのがお好きなんでしょう。ご主人はお忙しいでしょうからね」
違う、そうじゃない。きっと再婚相手に奥さんのふりをさせたんだ。そうに決まっている。父親の欺瞞に耐えられなくて、娘は自殺未遂などを起こしたのかもしれない。
「子どもは何年生ですか?」
「小学校低学年と幼稚園のお子さんです」
「でも、どうして二段ベッドがあるんでしょうね。お母さんは普通のシングルベッドでよくありませんか?」
「さあ、上に荷物を置くためじゃないですか?」
「そしたら、もっと別の家具の方が絶対いいですよ。一階が空いてて、二階がベッドとかの家具がありますよね」
多分、旦那を恐れて、お母さんと子どもたちが肩を寄せ合って暮らしていたんだ。
「引っ越される時は、全部捨てるとおっしゃってましたから…お気になさらなくても」
俺はさすがに言い過ぎたと苦笑いした。オーナーに変な人が見にきたと言われたらどうしよう。これからは、出かける時に変装しようか。
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