第3話

俺はカーテンを閉めてその家を観察することにした。遮光カーテンだから外からシルエットは見えないはずだ。学校が始まったら、子どもたちは普通に登校するようになるのか。その家の人たちは全く家から出て来ない。どういう人なんだろうか。医者か何かだと思っていた。普通の会社員が一億の家を買えるだろうか。


 ちなみに俺はもう定年を迎えて仕事をしていない。奥さんがいなくても別に困っている様子はないのかもしれない。家にある非常食なんかを食べて生活しているんだろう。テレビを見たり、ゲームをしたり、ただの日常が営まれているだけだ。


 俺の予想ではこの後、葬儀会社の人が来て、遺体をストレッチャーで運んで行くに違いない。すると、1時間程経って、また昨日と同じバンがやって来た。友山さんの家の前に停まると、喪服の男性が二人出て来た。すると、担架で運ばれて来たのは小学生の女の子だった。やったのは父親だ。俺は確信した。奥さんと娘を亡き者にしたんだ。前に似たような事件があったじゃないか。離婚したくて奥さんと子どもを殺害したんだ。あと何人殺すつもりなんだろうか。


 

 俺はその家の向かいに住んでいる人に挨拶をした。

「おはようございます」

「おはようございます」

 相手はびっくりしているようだった。50代くらいのおばさんだ。回覧板を渡すのに何度か挨拶したことしかない。

「ここのおうちの奥さんと娘さん、お亡くなりになったんですか?」

「え?そうなんですか?」

「この間、霊柩車が来てました」

「え、知りませんでした…びっくり。元気そうに見えてたのに」

「病気とかじゃなかったんですか?」

「そういう話は聞いたことないですけどねぇ…あんまり近所の人と交流しない家だったから」

「そうですか。人間、いつどうなるかわかりませんね」

「ほんとですねぇ…何で亡くなったのかしら。コロナとか?」

「さあ、亡くなった日も普通に出かけてたので…」

「自殺かしら…警察も来てなかったし。おかしいねぇ」

 その人は何となく不審に思ったらしい。もしかしたら、警察に垂れ込んでくれるかもしれない。


 ちょっと面白くなりそうだ。俺はわくわくした。


 俺が外を歩いていると、近所のおばさんに声を掛けられた。

「江田さん!」

「あ、どうも」

「友山さんのお宅だけどね、町内会長と話して警察に相談に行ったんですよ」

 俺は続きが聞きたくて仕方がなかった。

「もう、この家って誰も住んでないみたいよ」

「え?」

「今売りに出てるみたい」

「そ、そうなんですか。まだ新しいのに」 

「どうしたのかしら、奥さんと娘さんが亡くなって住んでるのが辛いのかしらねぇ。でも、人が亡くなったばっかりの家なんて、縁起が悪いよねぇ」

「ですよね…ここ、旦那さんどんな仕事してるんですか?こんな大きな家に住んでるんで、金持ちなんだとは思いますけど」

「弁護士さんだって」

「ああ、それで金持ちなんですね」

「大きな法律事務所で働いてるんですって」

 あ、ネットで調べられるかもしれない。


 俺は家に帰ったら早速ネットで検索してみた。見覚えがある。眼鏡をかけたインテリ風の人だ。名字が珍しからすぐにヒットした。東大法学部出身の弁護士だった。絵に描いたようなエリートじゃないか。それに大手弁護士事務所に勤務していることがわかった。年収は2000万~3000万くらいか。奥さんが専業主婦で、子どもが3人もいてああいう家に住むにはその位の年収がいるのか。俺とは違う。いいなぁ。奥さんが亡くなって、若い女と再婚するのか。ますます羨ましい。


 そういえば、その弁護士事務所に知り合いがいた。俺はその知人に久しぶりに連絡をしてみた。もともと感じのいい人だから、俺が連絡したのを喜んでくれた。仕事に繋がると思ったのかもしれない。


「ああ、あの人。親しい訳じゃないけど、黒い噂がある人だよね」

「へえ。どんな風に?」

「事務所に隠れて風俗のトラブルをよくやってるみたいだけど、実は最初から店とずぶずぶなんよ」

「へえ。あんな虫も殺さないような顔して」

「うん。だから、多分反社の人とは結構、深いんじゃないかってみんな噂してる」

「あ、そうなんだ…すごいね」

「友山さんのこと何で知ってんの?」

「いや…いや…ちょっとね」

「もしかして…家、近所じゃない?」

「あ、そうかなぁ…」

「あの人、〇〇〇〇に住んでて…、江田君もそうだよね」

「え、そうなんだ?知らなかった」

「あのさ、奥さん、知ってる?」

「ちょっと見かけただけだけど、けっこうシワシワの奥さんだった。美人って感じじゃないな。でも、奥さん富裕層かもね」

「どうかなぁ…シャブやってるってもっぱらの噂」

「へぇ」

「奥さん、もともと芸能人だったんだけど、子持ちで今もシャブやってるらしいよ」

「あ、ぁ。芸能界って怖いところだよね。一回始めるとやめらんないし。でも、薬中って大体夫婦でやってるもんじゃない?」

「うん。まあ、どうかなぁ」

 まあ、教育には良くないな。よく子育て出来たなと思う。


 友山弁護士の黒い噂を聞いて、俺は怖くなった。彼のことをこそこそ嗅ぎまわって、相手に知られたら、何をされるかわかったもんじゃない。俺はもう探偵ごっこをやめることにした。 

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