第四幕 ハードボイルドな世界に於いても、それは輝ける青春もの。


「サンキュー」

 と音羽おとわさんに。


 食堂を後にしてドリブル。


 そして五人目と六人目がグランド横断の、そこから近い校舎の入口に向かって走っている処を目掛けて、俺はシュートをするような体制からボールを蹴り上げた。



 ――二、三日前の下校中、小さなスーパーで立ち読みをした漫画を参考にしたドライブシュート。尚且つサッカーボールとはいっても、俺は情報屋だ。当然ボールには種があれば仕掛けもある。通常よりも重くて硬い。


 そのボールは凄まじい回転を維持したまま、球威が落ちることもなく、約百五十メートルの距離を魅惑な曲線を描きながら飛行して、五人目の後頭部を直撃した。


 砂塵舞さじんまう中、五人目が倒れる。


 燦々さんさんと照らす太陽が、俺の鼓動を速くする。六人目は構わず逃げる。逃げて校舎の入口を目前とする。焦らずどのみち短距離走だ。クラウチングスタートをもって、俺は走り出す。――丁度ちょうどいいタイミングだ。行き先はわかる。この入り口を潜って、中庭を横切る渡り廊下を走るはずだ。そこで六人目は、他の四人の仲間と合流する。


 七人目、八人目、九人目、十人目と待ち構えているけど、俺にも仲間がいる。


 仮にも同じ依頼で動く、『かぜめい』という奴がな。



 ……って、おい!


 なかなか現れないと思ったら、美味しいところだけ持っていくつもりか?


 と、その前に、この校舎についてだが、

 比較的新しい建物だ。聞いた話だが、この学園が中高一貫となったことを機に、校舎が三棟増築されたそうだ。で、あるからして、ちなみにここは中等部の校舎となる。


 何が言いたいのかといえば、


「不自然だ」


 昼休みの真っ只中、いくら俺が、見た目が中等部と見分けがつかないといったからって、制服とは異なる黒い衣装。くどいほどに黒のターバンを頭に巻いて、模型用のたがねを握り必殺のポーズも取っている。そんな俺の前を、何事もないように中等部の生徒の列が通り過ぎる。その中から、鉄パイプが襲ってくるのだ。


 研ぎ澄まされた鏨は、

 ――効果音も一緒に相手を捉える。


 それが六人目だ。


 何と、中等部にも情報屋がいたのか? 風景までが驚きに包まれる瞬間だった。


 類は類を呼ぶように、

 七人目、八人目、九人目、十人目が現れる。すると、――コンマ何秒かの世界、すぐさま異変が起きたのだ。その正体は、シンプルに風。緑色で、スーッと通り抜けた。


 静寂の中、七十ミリの針が落ちる音。

 同じ針が、これで四本廊下に転がる。

 麻酔針だ。


 倒れる。まるでテレビでも見ているかのような効果音。七人目、八人目、九人目、十人目が一斉に崩れるようにして、針と同様に転がる。いずれも眠っているのだ。


 午後の光を背景に、基本色が緑の迷彩服。


 二つに分かれる角柱型を上下逆に組み替えたもの……略して『シャーペン』と形状が酷似した武器を握っている。靡くほどに長い黒髪。その隙間から見える鋭い目。歌舞伎みたいな白塗りを施していた。……見つめ合う互い。



 沈黙は続いたが、


「お前、誰だ?」

 と切り出した。期待の効果音をともにし、鏨を回転させた。


「おいおい、俺だよ」

 と、慌てて長い黒髪を外した。ヘルメットのようにだから、かつらだったのだ。


「何だよ。脅かすなよ」

 と、腰の力が抜けた。ヘナヘナという表現がお似合いだ。


「何だあ? その間抜けな面は」

 と、風の名……改め迷彩服で白塗りの早坂はやさかは微笑どころか、気障台無きざだいなし。ブハハハと豪快に笑っている。それを見るなり俺もつられて大笑いだ。



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