第三幕 スリリングな設定に心躍る、必殺の情報処理の華麗な舞。


 ――仕掛ける相手は十人。どうしたものか。


 そう音羽おとわは呟いていたが、吐息が出る程そんなのは決まっている。


久保くぼの軍団だろ? どうせ俺を狙ってくる。俺が囮になるまでさ」


「それじゃ、お前が危ないんじゃないのか?」


 と、奴が……早坂はやさかが、心配そうな顔で訊いてくるからだな、


「ああ、いつものようにピンク……あっ、いや、ピンチだ。ゾクゾクしやがる。今からでも、待ちきれないくらい興奮するなあ。ほんと、どう処理してやろうか」


 別の意味で、危ない危ない。


 俺の中では、情報処理のイメージはピンクなのだ。


 近頃いつの間にか、そうだった。


 たぶん吐息とともに、顔も紅潮していたと思う。全身が熱くなっていたから。……いつも思うのだ。あるがままの姿で、この興奮から生ずる熱気を冷ましてほしいと。


 でも、きっと、


 今の早坂の表情みたいに、

 今の俺を見たら、リンちゃんはドン引きするだろうなあ……



 しかしながら、今は出陣の刻。


 今さら後には退けないのだ。『出陣のテーマ』は、冒頭より流れていた。


 空回り撲滅を図るため、必要以上の策を廃して、打ち合わせはシンプルに行う。そこには敵を欺くための情報がすでに存在していたのだ。


 ――決行は三時。


 そのことだけど、昼休み中に仕掛ける。相手も情報屋だ。……と、言いたいところだけど、近頃の仕掛ける相手は情報屋ばかり。真面な依頼が来ないのだ。……まあ、そんなこともあって、昨日の食堂での会話は、確実に聞かれている。わざわざ宣言通りの時間には狙ってこない。必ず情報屋のセオリー通りに、不意を突いてくるはずだ。


 当然ながら、俺たちも同じことを考える。


 で、今がまさに、その昼休みだ。


 俺は早坂と一緒に、緑がいっぱいの中庭を歩いていた。


 俺は見上げる。


 早坂の頭の位置が高いからだ。背の感じは多分……俺とリンちゃんの差は、あまりないと思う。今は五センチほど、俺が高いのかな? 例えば登校の時とか、横に並ぶとこんな感じ? リンちゃんの視点から想像すると……何だか、ムカムカした。


 そこでだ!


「今一度、確認したい」


「何だい?」

 と、早坂は訊く。あくまでポーカーフェイス。


「お前は何故なにゆえ、情報屋になった?」


「大切な者を守るためだ。お前はどうなんだ?」


 これは予想外。訊き返された。


「……辞められないんだ。ほんと呆れるくらい愉しくてな。金も欲しいし。やっと出会えた大切なものを失いたくなくて、どうにかなる程いきり立っちまう」


「それ、答えじゃないよな?」


「そうか? それが知りたいのなら、無様に返り討ちなんかに遭うなよ。周りを見な、そろそろお出ましのようだから」


 俺にはわかる。


 三人はつけてきている。二人はここから食堂までの何処か、行き交う他の生徒に紛れていることだろう。あとはこの中庭の木陰に二人。校舎の一階にも三人潜んでいる。


 武器は、あまり工夫のない鉄パイプだな。



 ――いずれにしても計十人だ。確認した。


「ここで二手に分かれよう。あとは手筈通てはずどおり……」

 と、演歌のように少し溜めてから「頼んだぜ!」と叫び駆け出した。


 これが俺たちの合図だ。


 あくまでイメージだが、背景バックがピンクに染まる。と共に『必殺の情報処理の舞』が音楽となって流れる。――俺たちの華麗な戦いが、その音楽に合わせて始まるのだ。


 やはり追いかけてきた。まずは三人。


 行き交う他の生徒たちに埋もれながらも、誘導ミサイルのように追いかけてくる。そして体育館前を通過すると、やはり隠れていた二人も姿を見せ、三人と合流する。


 合わせて五人。


 知新館ちしんかんの一階、そこが食堂だ。昼休みであることを忘れてはならない。早弁はやべんを済ましても物足りない生徒たちで溢れ返っているけれど、俺は入った。誘導ミサイルのような五人も入ってくる。鉄パイプを掲げて。――そんなにまでして俺を倒したいのか? もはや仕掛けのシーンを人に見られてはならないという『必殺の情報屋』のコンセプトからも外れてしまって、もはや周りに誰がいようがお構いなしだ。



 寧ろ、そんな状況に心躍る俺がいた。


 表情は喜々としたもの。いきり立ちつつも雄叫びをあげる。


 そんな余韻も束の間、鉄パイプが襲いかかる。無駄な回転に加え更に回転。なかなか回し蹴りが決まらないが、根気よく回る。そのうち一人目の腹部にヒット。そのはずみで二人目も巻き添えに。互いが互いの持つ鉄パイプで殴打し……気絶に至る。


 不意に飛んでくる赤い糸。


 三人目の足に絡まる。グッと引っ張られ転ぶ。赤い糸、その先には音羽がいる。それが元締めである彼女の武器なのだ。俺は懐から模型用のたがねを出し、掲げながら跳躍。僅かな高さに距離だが、うつ伏せに転んでいる三人目の背中に馬乗り。針のように研ぎ澄まされた鏨の先端……効果音とともに、中国針の応用ともいえる急所を捉えた。


 刺す。そして抜く。


 三人目も気絶に至った。……で、油断したな、鉄パイプが飛んでくる。


 間に合う! 俺は跳躍。というよりも余裕がないから飛び、宙を回転。


 オーバーヘッドの蹴りをもって鉄パイプを跳ね返す。跳ね返った鉄パイプは面白いほどに命中。投じた四人目は、その場に倒れる。


 その様子を見た五人目……あれ? 六人目がいる?


 まあ、気を取り直してと……五人目と六人目は逃げ出す。食堂を出て行く。


とき君!」と、音羽の声。


 サッカーボールが飛んでくる。俺は足で受け止めた。



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