第21推活 幻だったってコト?!

「はあ……はあ……危なかった」


 完全に自分を見失っていた。いやむしろあれが本当の自分だ。オタクが人を変えるのではない。オタクが人を暴くのだ。 


「世界くん、腕痛い」


「あ、ごめん」


 美希の腕をずっと掴んだまま事務所が見えなくなるまで走っていたようだ。力強く掴みすぎた。 


「なんで私を連れ出したの?」


「え? だって今日は泊まっていくんだろ?」


 朝自分で言ってたよね? 


「……やっぱり辞めようかな」


「そうなん。じゃあまた明日Phantom前集合で」


 俺は駅に向かおうとする。すると今度は美希が俺の腕を掴んだ。


「私やっぱりあの中には入れないよね?」


「みら〜じゅ! のメンバーになるってこと? 女優でこんだけ売れてるんだから必要ないでしょ」


「そうじゃなくて……」


 美希は俯いたまま何も言わない。

 ぐぅと俺のお腹がなった。


「腹減ったな。どっかで飯食ってくか?」


「……うん」


 元気がなさそうだったが、少し明るくなった。美希もお腹が空いてたのかもしれん。 


「じゃあそこの居酒屋に」


「待って。私軽く変装してるけど一応人気女優なの。バレちゃうから個室がある店に移動しよ」


「確かにそうだな。ほんならタクシー捕まえるか」


「私がする。秘書だから」


 秘書ってタクシー捕まえるのも仕事だったのか。

 美希は道路に出て手を挙げた。即タクシーが捕まった。シルエットだけでも美人だもんな。俺がするとたまに無視される。風俗狂いのバチャ豚への世間の風当たりは強い。

 タクシーに美女と性獣が乗り込んだ。


「六本木のジュリアーゼまでお願いします」


「畏まりました」


「え? そんな良いところ行くの? やばいな俺適当な格好で来ちゃった」


 ZALAじゃ戦えない。芸能人御用達の店だ。コースとお酒とサービス料で1人5万円はかかるだろう。 


「世界くん背高いし、胸張って堂々としてれば大丈夫だよ。自信持って」


 なんかキャバ嬢からお世辞営業受けてるみたいだ。


「お、おう」


「ねえ」


「ん?」


「ご飯誘ってくれてありがと、ちょっと病んでたかも」


「ああ、腹が減ると気も病むからな」


「世界くんってアホなの?」


「いや? かなり戦略的に戦うで有名だが?」


 学校の勉強もそこそこ出来てたぞ?


「そうじゃなくて。まあいいや」


 車窓へ差し込む夜のネオンと街灯が、美希の顔を照らした。


「凄いな、タクシー乗ってるだけでミュージシャンのMV見てるみたいだ」


「様になってる?」


「なってるなってる」


「もっと言って、毎秒褒めて」


「いやそれはめんどい」


 短い沈黙。揺れる車。美希のお腹がグウとなった。お腹を手で押さえると、あははっ、と笑い出した。自分のお腹の音に笑ってるぞ。変なやつだ。 


 そうこうしている間にお店の近くについた。

 エレベーターに乗り、38階へ向かった。耳が詰まる。


「耳がキーンてする」


「わかる」


 扉が開くと、まるで別世界だった。暗い店内に、暗色の灯りが浮かび、生演奏のジャズピアノが聞こえてくる。 

 俺を見ると受付の男が冷めた態度で声をかけた。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」


 ウッ。硬直していると、美希が帽子とマスクを外し、俺の腕を組んだ。


「VIP空いてるかしら」


「広瀬様! 大変失礼致しました。ご案内致します」


 凄い手のひら返しだ。俺にもヘラヘラと愛想笑いを浮かべている。どこぞの関係者かと勘繰られているのかもしれない。

 こちとらただの腹減りオタクだ。 


 通された場所は、六本木の夜景が一望できる、東京タワーが輝く絶景の個室だった。あれがPhantomに変わったらゾッとすると思ったが、せっかくの食事が美味しくなくなるので言わないでおいた。


「どう? 気に入ってくれた?」


「ああ、こんな綺麗な店で食事するなんて初めてだよ。ありがとな」


「んーん。良かった」


 美希は笑った。ドラマのワンシーンのようだ。何かと映像の世界に入り込んだと錯覚してしまう。美希の美貌もあるが、豊かな感情と表情の変化からもそう感じているのかもしれない。 


「お腹空いた〜! お酒も飲むよね? 赤ワインは好き?」


「おう、勿論好きだよ。そしたら肉料理にしようぜ」


「うん、今日は私の奢りだから、パーっといこう」


「え、奢り?!」


 芸能人は誘った方が奢るみたいなの聞いたことあるけど、今日もそれなのか?


「泊めてもらったお礼。無理やり連れて来ちゃったところもあるし」


「マジで? 悪いな。じゃあ次は俺が出すよ」 


「本当に? 嬉しい!」


 奢りなんてしょっちゅうされてるだろうに、大袈裟だな。

 談笑していると、支配人がわざわざ挨拶にきた。そのまま美希のおすすめの35000円のコースに、2万円のフルボトルを頼んだ。

 どんどんと運ばれてくる料理を子供みたいにガツガツ食べる俺をみて美希は楽しそうに笑った。


 肉料理は食べたことのないクオリティだった。もう俺の語彙力では足りない。量も足りない。80gしかない。

 美希が食べきれないからといって最初に三分の一くらい切って分けてくれた。助かる。


「美味すぎるな、肉」


「なんかもうちょっと感想ないの?」


「そう言われるとむずいな。なら美希やってみてよ。食レポね」


 俺はカメラを向けるフリをした。すると美希の表情がプロの顔に変わった。


「カメラさん寄って寄って! 見て下さいこの光沢! もう食レポやめて食べちゃいたいくらい、ステーキとニンニクの香りが食欲をそそります〜! 早速頂いちゃいますね」


 俺は肉から美希の方にカメラの振りをした手を向けた。口に小さく切ったお肉を含んだ。目を見開き驚き、心底幸せそうな顔をする。


「んー! え、ちょっと信じられません。私実はこれくらい脂の乗ったお肉って正直苦手だったんです。でもこのお肉は口の中でとろけたかと思うと、鼻の奥を突き抜けて脳に直接美味しさが広がりました。まったく油に嫌味がなくて甘いんです。本当に美味しい! どう?」


「まいりました!! 流石です!」


 即興でここまで出来るのか。素直に関心した。


「ふふーん、どんなもんよ。はい、世界くんの番」


 美希は手のカメラを向けた。え、俺もやるの?


「えー、え、えー、えー、え」


「何、モールス信号?」


「違う! 考えてただけ!」


 ええい、見切り発車だ!


「このお肉! 鍛え抜かれた警察犬でも待て出来ないでしょう! どう?」


「ちょっと面白い。けど食レポだから、食べてから言って」


「あ、そっか」


「っぷ……あはは、あははは!」


 俺の間抜けっぷりに、美希は歯茎が見えるほど笑っている。清楚なイメージのテレビの美希とは違った、取り繕わない美しさだった。

 ワインも2本空いてしまった。というか1.3本くらいは俺が飲んじゃった。美味しすぎる。あと美希がジャンジャン注いでくれる。こんな美人に注がれたら飲まないわけにはいかない。飲みたい言い訳ではない。うん。 


 最後にデザートでアフタヌーンティーかよってくらいの量のマカロンと小さなケーキ、クッキー、果物、チョコレートが出て来て驚いた。これだけでお腹いっぱいになりそうだが、別腹で以外とあっさり食べ切れた。

 食後のコーヒーまで、こだわりの喫茶店の味だった。 


 美希がお手洗いに行った。その隙に従業員を呼んだ。

 ふ、流石の俺も、ここで払っておくのがマナーだとわかっているぜ。

 美希はマジで奢ってくれるつもりだろう。その気持ちだけで十分だ。

 既になぜ呼ばれたのかわかっている従業員はお会計を渡して来た。


 しかし、会計をみると、俺の目玉は飛び出て転がっていった。


 真夜中に泳ぐ月コース 35000 ×2

 赤ワイン 20000 ×2

 VIPルーム 50000

 サービス料20%

 税込 18万2000円


 勿論現金は持っていない。


「ク、クレジットカードで」


 俺は従業員にゴールドカードを渡す。すると、すぐに従業員が慌てて戻って来た。 


「申し訳ありません、こちらのクレジットカードではお支払い頂けませんでした」


 使用可能残高が足りない!!!!!! 

 なにに俺は散財してたんだ!!!!!


 もたもたしているうちに、メイク直しを済ませた美希がトイレから帰ってくる。  


「え、世界くんもしかして支払いしてくれたの?」


 もうこれは素直に言うしかない。


「いや、かっこつけようとしたら、カッコ悪くなりましたごめんなさい。カードの利用上限が足りなかったみたいで」


 行きつけの店で恥をかかせてしまった。流石に嫌われると思ったが、美希は腹を抱えて笑いだす。


「もうやめて、息できない無理」


 顔を真っ赤にして涙を流すほど笑いながら、従業員に美希が黒いカードを渡した。多分上限500万円くらいのやつだ。


「ごめんな本当に。行きつけなのに」


「こんなに楽しい食事したことないよ、オチまで最高すぎるよ、っひー!!」


 美希はお酒を飲むと笑い上戸になるのかもない。カードが返ってきてサインをすると、シェフに見送られて店を後にした。シェフ忙しそうだったのに、見送りに来るんだな。それだけ美希が凄いのか。


「あー幸せ! お腹いっぱいだね」


 この子、ワガママだと思ってたけど、ただ感情に素直なめちゃくちゃ良い子なのかもしれない。


「ご馳走様です」


「そのつもりだったから、いいの。むしろ出そうとしてくれたことが嬉しかったよ」


 これ立場逆転してるよな?? 


「もう帰る? 飲み直す?」


「美希そんなに飲めてなかったもんな。BARで飲み直そうよ。今度こそ俺が出す」


「これは約束の次のやつ?」


「いや、それとは別!」


「なら行く〜!」


 現金なやつだな。いやでも次とBARいれても今日の支払いは越えないだろう。あと俺2億円あるからそういうこと考えなくてもういいんだった。ふ。2億の男だぜ。推し事にほぼ消えるが。


 同じビルの中にある、これまたオシャレなBARに入った。個室にはソファーと机とアロマディフューザーが置いてある。横並びに座ると、美希がうなだれてきた。


「酔っ払っちゃった」


「嘘つけ」


「本当だよ、ほら」


 美希が俺の手を取り頬に当てさせた。赤ちゃんのようにスベスベな肌は、たしかに熱くなっていた。 


「本当だ、お酒弱い? 無理して飲まなくていいからね」


「世界くんが強いんだと思う。ワイン一本近く飲める私は強い方だよ」


「たしかに。酒ヤクザのキャバ嬢しか比較対象がなかった」


「えー。もうキャバクラいっちゃダメ。私の方が可愛いよ?」


「それはそう。比べ物にならないな」


「はい! ここも奢っちゃう!!」


「ダメダメ、ここは俺が出すから! 本当に!」


 奢り癖があるのかもしれない。変な男に引っ掛からなければいいが。 


 美希はマスクメロンのカクテル、俺はジンを頼んだ。居酒屋の酒とはモノが違った。

 一杯のジンで1500円だもんな。

 ツマミのチーズとサラミの盛り合わせも、美希が口に運んでくれるのでどんどん食べた。 


「美希と一緒にいたら太りそうだな」


「太らせたい。あの子達が世界くんから手を引くまで」


「あの2人って凛と桃のことか? そもそも俺のことなんて好きじゃないよ」


「鈍感で助かってるんだか、なんだか」


「え?」


「なんでもない! ねえ、Phantomパーティの皆と住むまで、世界くんと一緒に住んでもいい? 今日私良い子に出来てたよね?」


「おー、いいぜ。でもずっとソファーで寝るのもなあ」


「アホなの? 一緒のベッドで寝ればいいじゃん」


「え、嫌じゃないの?」


「微塵も」


 これは、ちゃんと話したほうがいいかもな。


「……なあ。俺は今日楽しませて貰ったし、いいんだけだけどさ。天野総理と何か契約があるんだろ? 無理して愛想良くしなくていいからな」


「言われてないよ。本当だよ。……でも私のせいだよね、元々はそういう話もあって雇われてたから」


「やっぱり契約があったんだな。だと思ってた」


「ごめんなさい。今は本当に違うんだけど、信用してもらえないよね」


 ポタポタと泣き出してしまう。 

 え、これはガチ? ガチで泣いてるやつ?

 俺はただあたふたしているだけで何も出来ない。


「女優をしている限り、涙も信じてもらえない……ねえ、私が女優辞めたらずっと一緒に居てくれる?」


「はあ?!」


 あまりに真剣な表情でとんでもないことを言うもんなので、大きい声が出てしまった。


「……嘘! 冗談!」


 しばらく沈黙した後、美希はカラッと表情を変えて微笑んだ。焦らせるなよ。


「ああ、ビックリした。子供の頃からやってきたんだろ、辞めたら勿体無いよ」


「うん。おうち帰ろっか、眠くなってきちゃった」


 タクシーに揺られて家に戻った。会話は少ないが、雰囲気は悪くない。本当に酔ってるのか、俺の腕にしがみついている。メイク落としと歯磨きとスキンケアをして寝巻きに着替えてベッドについた。 

 怖い夢をみた子供のように美希は俺に抱きついていた。眠れないのかと思い、俺が美希の頭を撫でると 


「大好き」


 と呟き、眠った。今日の飯屋のことだろうか。美味かったよな。


 これから毎日こんな日が続くのかもなと思っていたが、朝目を覚ますと美希は居なかった。

 次の日も、次の日も、次の日も。

 俺は美希の連絡先を知らない。 

 次に美希を見たのは、2ヶ月後のテレビの向こう側だった。深夜の1話だけのショートドラマだが、広告主が力を入れているものだった。

 その番宣インタビューで、恋人役のイケメン俳優と巨大なポスターを挟んで美希は座っている。


「この作品の撮影途中から、演技により一層磨きがかかったと関係者からの噂ですが、何かきっかけがあったんですか?」


「そうですね。言っていいのかな、ふふ。ちょうど撮影の途中に、初めて自然体でいれる人と出会えたんですけど、失恋したんです」


「えー?! 美希さんを振る人がいるんですか?」


「はい、まったく振り向いて貰えませんでした。次にお会いする時には、その人の世界に私が居れるように、がんば……ごめんなさい」


 美希はインタビューの最中に泣き出してしまった。その泣き顔があまりにも綺麗だとSNSで話題になり、深夜のショートドラマとして異例の視聴率17%を記録した。

 俺の前で泣いていた表情そのままだった。


 俺はそのドラマを見ながら、無性に寂しくなって、ジンを飲みながら涙を流すのだった。


        ☆☆☆

 いつもご愛読ありがとうございます、君のためなら生きられる。です。 

 皆様のご愛読のお陰様で、カクヨムコンカテゴリ別ランキング30位台に残れています。

 超絶怒涛にありがとうございます!

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 この作品がカクヨムコンの二次選考に進むには、たくさんの星を受け取っていることが条件になっています。

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 実はこの作品、もうすぐ10万文字にも関わらず、毎日最新話が200pvついております。200人の方が毎日更新を待ってくれているという幸せな状況です。

 読者様のページに飛ぶと、一作品も星を送っていない方が7割で、そもそもこの制度や星の送り方をご存知ないかもと思い、詳しくお伝えさせて頂きました。


 そして、10万文字を前にかきだめがここで切れてしまっています。

 皆様の反応に背中を押して頂き、執筆させてください!

 後追いの方はこちらからがスムーズです、目次の下から押せます↓

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 何卒宜しくお願い致します!


 著 君のためなら生きられる。 より

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