第15推活 幻聴と幻覚だってコト?!

 3階建てのPhantomでは、最初の扉を開けると即モンスターがいることは何度かあったが、上位種が3体同時に出現するなんてあり得ないことだった。


 もし仮にゲームのPhantomと同じなら、ホブゴブリン3体が始めの部屋にいるとなると、16階建て以上の塔になるだろう。赤いPhantomは難易度が上がるのだろうか。しかしPhantomはクリアするまで出ることが出来ない。先が思いやられた。


「やるしかないか……」


 まずは状況把握だ。あたりを見渡した。

 この部屋はそこまで広くない。入口と同じく、洞窟の中のような空間だ。高さはそこそこある。そしてホブゴブリンは俺に対面する形で、3体が横に広がって立っている。

 モンスターは既に俺に気づいていて、威嚇をしたり、雄叫びを上げている。

 このまま俺が突っ立っていれば、襲われるのは時間の問題だろう。


 複数のモンスターと戦闘する時のコツは、同時に襲われない立ち回りをすることと、戦闘は1対1に持ち込むことだ。悩んでいる暇はなかった。


 俺は盾とショートソードを握り直し、向かって右側の壁に向かって全力疾走する。

 すぐホブゴブリンが反応し、こちらに近づいてきた。俺は速度を落とさず壁を蹴り、一番近い突っ込んでくるホブゴブリンの首に、盾を先行して振り回し重心を移し、全体重を乗せたショートソードを叩き落とす。 

 ホブゴブリンが自ら突っ込んできたこと、壁蹴りで高所から体重を乗せられたこと、弱所である首を正確に捉えたことで、ホブゴブリンの首は跳ね飛んだ。瞬間塵に変わって消えていく。


 まずは一体。これで最悪でも2対1だ。正面の方向から既に2体のホブゴブリンが突進してきている。


 ホブゴブリンの足にマグナムガンを打ち込みたかったが、まだ1階の1部屋目だ。出来ればマグナムガンは温存したい。 

 俺は壁に向かい飛び跳ねた。移動速度はウサ耳カチューシャの効果もあり、こちらの方が断然速そうだ。 

 三角飛びをせずに、壁にスパイダーマンのように垂直にしゃがみ、肩を銅の盾に添えるように当てる。ホブゴブリンに向かって壁を蹴り、正面衝突した。

 全身に衝撃が走るが、威力では勝てていたようだ。ホブゴブリンは吹っ飛んだ。

 追い討ちをかけようとしたが、既にもう一体のホブゴブリンが棍棒を振り抜いてきていた。盾を構えて受けるが、俺はぶっ飛ばされてしまう。


「がはっ」


 背中から地面に激突したが、ダメージは思ったより高くなかった。壁際まで下がり、息を整える。俺と正面衝突したホブゴブリンはまだ立ち上がっていない。もう一体のホブゴブリンは棍棒を振り上げ、全力疾走でこちらに向かってきていた。

 があっ! という声と共に振り下ろされる棍棒を壁際で避けると、壁に打ち付けられ棍棒は折れた。ホブゴブリンの両手はその衝撃で痺れたのか棍棒を手放した。


 俺はそれを確認してから盾を手放して身を軽くし、力強くその場でジャンプした。

 ウサギのように跳躍し、ショートソードを抜剣し、ホブゴブリンの脳天をかち割る。


 ラスト一体のホブゴブリンがいた方に視線を送ると、既に一寸先まで襲ってきていた。

 振り下ろされる棍棒を紙一重で避けると共に立ち上がり、ショートソードを喉元に突き刺す。棍棒を振り下ろすことで重心が前に来たことと重なり、ズブズブと喉を貫通したショートソードを引き抜いた。 

 最後の一体も塵に変わっていった。


「はぁ……はぁ……きっつ……」


 俺はその場にひっくり返った。戦闘終了後の良かった点、悪かった点を見返す。

 ソロで回すことでレベルは12まで上がっていたことと、ショートソードと力の指輪があったから、ギリギリ勝つことが出来た。鞘付きナイフだったら、どうなっていたかわからない。

 腕や腰への斬撃であれば、深い傷は与えられなかったかもしれない。今後も狙うなら金的か、目、首等の弱点だな。

 ゲームでのソロ周回で複数対1での立ち回りに慣れていたことも功を制した要因だ。運良く俺は乗り切ることが出来たようだ。

 最後の一体の攻撃を避けられたのは運が良かった。直線的な攻撃以外をしてくる敵であれば、回避出来なかっただろう。常に敵の位置を把握することをもっと意識しなくては。


 1人反省会も終わったし、そろそろ行くか。

 出現した次のダンジョンに進む扉をひっくり返ったまま見ると、近くに宝箱が出現していた。


「おお?! ボスじゃないのにくれるのか。赤いPhantomは気前がいいな」


 俺はよろよろと立ち上がり、宝箱を開けた。

 中には鉄の鎧と、鉄の盾が入っていた。


「すげえ!!」


 俺はその場で装備した。既に使っていた物は持ち物に移ったのか、消滅しているのか、後で確認しておこう。

 指輪や武器、盾は形を残すが、鎧やカチューシャ等はアバターと同化してステータス補正のみが適用される。 


 鉄の盾、青色と金色の装飾が付いていてかっこいい。見るからに防御力が高そうだ。 

 折れかけていた俺の心が、みるみるうちに回復していった。報酬って大事だなあ。 


 次のダンジョンに移ると、罠があるだけだったので、作動しないように気をつけて進んだ。そんな部屋が3部屋続き、難なく進むと5部屋目でスライムが巨大化した、クイーンスライムが待ち受けていた。

 だが核も合わせて巨大化している上に、こちらに気付いてなかったので、マグナムで核を撃ち抜くと一撃で倒せた。


 宝箱がまた出現し、中を開けると氷の結晶の形をした宝石が装飾された白く輝く指輪が入っていた。氷の指輪だ。


 装備すると、攻撃に氷属性が付与される。MP消耗がなく属性攻撃が与えられる優れものだ。一つのダンジョンで、10回使用できたはず。発動はリングの装飾部分を押し込むだけ。引っ張って戻せば温存もできる。 

 俺は盾を持つ左の人差し指に指輪をセットした。どうやらアクセサリーアイテムのサイズは、身につけるとジャストサイズに変わるようだ。外の世界もこうなってほしい。 


 指輪を受け取ると、上に登る梯子が出てきた。少し休み冷静さを取り戻してから2階に向かう。そこにもホブゴブリンが3体いたが、同じ要領で倒すことができた。

 むしろ鉄の盾と、ステータスを見ていないのでわからないがレベルが上がっているのか、攻撃を喰らっても吹き飛ばされなくなっていたので、イージーだった。 


 順調に進み、3階層の、おそらく最後の扉の前に辿り着く。

 装備はこうだ。


 レベル ???

 ロングソード

 鉄の盾

 鉄の鎧

 ウサ耳カチューシャ

 マグナムガン (残り3発)

 氷の指輪 (残り4回)

 攻撃の指輪

 回復薬×3


 ショートソードよりリーチが長く攻撃力の高いロングソードも手に入った。マグナムガンと氷の指輪、回復薬の温存もバッチリだろう。レベルはここまでの戦闘で上がっているはずだが、確認するすべはない。


 ラスボスはこちらに気づいていないキングスライムだったら良いなあ。 


 深呼吸をして、ポジティブシンキングだ。

 最初のホブゴブリン3体が一番きつかった。大した装備もなく、自身のレベルも低かったからだ。

 ここで強くなった俺ならきっと大丈夫だ。

 中から何かが暴れている音がするが、こいつを倒さないと出られない。扉を開けると光に包まれ強制入室し、扉は消滅する。後戻りはできない。


 覚悟を決めて、扉を開けた。

 光に包まれ目を開けると、俺は自分の目を疑った。後ろ足と翼をダンジョンの四隅のうち二つに打ち付けられた楔から伸びる4本の鎖で繋がれている邪竜がこちらを睨みつけていたのだ。


 抑圧されし邪竜。


 だとしたらこのダンジョンの適正パーティレベルは30で、ソロなら40以上だ。


「おいおい、嘘だろ」


 邪竜は咆哮すると、上を向いた。

 あれは炎を吐く前のモーションだ。

 俺は恐怖で震える体をなんとか動かし、右側に飛んだ。振り返ると、俺がいた所に炎の柱が横向きに建造されたかのように燃え盛った。熱波が全身を突き抜ける。


「ひぃっ」


「ギャァァァァァァアアアギャァァァァァァアアア!!」


 鎖の金属音と、抑圧されし邪竜の爆音の鳴き声が響く。 

 邪竜は前足を上に上げた。俺は左側に飛び、龍の爪を回避する。


「こんなの、無理だろ……!」


 爪が直撃した岩場がえぐれていた。

 ゲームの時には感じなかった、直接的な生命を脅かされる感覚と、緊張感が、みるみるうちに精神へとダメージを与え、心臓が冷えていく。ホブゴブリンとは訳が違う、圧倒的な存在感を持つモンスターを前に、俺は戦意を喪失した。


 もう一方の前足を邪竜が上げた。俺は足がすくんでしまったので、鉄の盾を構えて防御体制に入る。

 邪竜の爪が直撃し、バキッという音と共に、俺は入り口付近まで吹っ飛ばされ背中を打ちつけた。


「ぐぁああああ!!」


 口から血が溢れ出てきた。全身に激痛が走る。鉄の盾は一撃で凹み、穴が空いてしまった。盾を持っていた左の腕と手は恐らく複雑骨折している。リングは無事なようだ。

 剣を納刀し、回復薬の錠剤を震える右手で1つ取り出し噛んだが、腕の骨折は治らなかった。


 邪竜はこちらを見ると、嘲笑うかのように咆哮した。俺は壁にもたれかかって座り込んだまま、恐怖で立てなくなってしまった。

 ダンジョンの中で死んだらどうなるんだろう。もし仮に何も起こらず、塔の外に出されるだけだとしたら、政府は5階以上のPhantomを封鎖しないだろう。

 恐らくは、中で死んでしまった場合、そのまま帰れない。つまり死体も戻らないまま死を迎える可能性の方がよっぽど高い。

 顎が震え、歯がガチガチと鳴り、鼻水と涙が溢れてきた。


 俺は気付くと、走馬灯のようにみら〜じゅ!の3人のことを思い出していた。皆を引き連れていなくて良かった。皆と出会えて良かった。


 邪竜が上を向いた。口腔から火花が漏れている。あれに焼かれて、きっと即死だ。どこか他人事のように、俺は思った。


「世界たんなら大丈夫だっぴ!」


 美鶴の声が聴こえてきた。死を悟った俺の脳が、耐えられない恐怖を紛らわせているのだろう。


「だって世界たんは、No. 1Phantomプレイヤーなんだっぴ!」


 声だけでなく、美鶴の姿が浮かび出てくる。

 すると、俺の諦めていた心に希望の明かりが灯りだした。


 もし今の状況がゲームだとしたら。 


 想定パーティレベルと自分のレベル差が20程度のダンジョンなら。 


 俺は装備なしでもクリア出来ていた。


「だから立って!! 世界たん!!」


 さっきまで笑っていた美鶴が、泣き叫んだ。

 俺は、守りたい存在のことを思い出した。守らなくちゃいけない子達のことを思い出した。


 ここで死ぬわけにはいかない。


 俺は使い物にならない盾を投げ捨てて、しゃがんだまま右側に飛んだ。


 間一髪、デジャヴのように俺がいた場所に炎が逆巻く。盾は溶けるどころか蒸発していた。地面に右肩から着地するが、左腕のダメージに衝撃が響き、痛みが増していく。 

 それでも。


「そうだよな、美鶴。ブラッディポン酢なら、こんなの楽勝だよな」


 俺は立ち上がり、残っていた錠剤の二つを口に放り込み、噛み砕いた。骨折以外の怪我が完治する。

 抜剣し、もう動かない痛むだけの左手についている氷の指輪の宝石を押し込んだ。ロングソードに氷属性がエンチャントされ、温度差から白い煙を上げる。その切先を邪竜に向け、俺は口角をニヒルに上げた。


「遊んでやるよ、トカゲ野郎」


        ☆☆☆

 ご愛読ありがとうございます!

 君のためなら生きられる。です。


 ここまでで少しでも面白い、続きが気になる、書籍&アニメ化希望、来年のセンター試験国語に採用されるべき、ハリウッド実写映画化が見えた、友達に勧めたい、直木賞間近だ、直木賞は流石に無理だろ、カクヨムコン10万文字間に合うの?、人の金で焼肉を食べたい、牛丼は吉野家より松屋派、学生時代突然教室にくる悪漢を倒す妄想をしていた、ミスタードーナッツはゴールデンチョコレートしか勝たん、おでんはセブンイレブンだよな、のどれかを思った方は、シオリと星を頂けると大変励みになります!


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