第10推活 後悔先に勃たずってコト?!

「夢ならまだ醒めないで〜。いや、醒めてくれ……」


 俺はみら〜じゅ!の代表曲を無意識に口ずさんでいたが、歌詞が心境に刺さってしまった。絶望し、1人酒を飲み続ける。 

 ウイスキーのロックだ。つまみは一応チーズとナッツを適当に用意したが、食べる気になれない。 


 このまま飲み続けると吐くな……


 俺は冷蔵庫にあったコーラをとぼとぼと机に運び、コークハイをチェイサーとして作った。水はなんだか飲みたくなかった。

 ついでにロックウイスキーのグラスに氷を足した。


 あんなに浮かれていたのが嘘みたいだ。きっともう一緒に現実のPhantomを攻略しようという話もなくなっただろう。

 それより、凛はこの雨の中傘もささず出て行ったんだ、大丈夫だろうか。

 いや、俺にそんなことを思う権利はないか。雨に濡れてもいいから、俺と一緒に居たくないから出ていったんだ。 


 ウイスキーをグラスに注ぐ。コプコプと音がして、香りが病んだ気持ちを麻痺させてくれるようだった。 

 グラスを取り、一気に飲み干す。喉が焼ける感覚はあるが、あまり味はわからない。


「ふぅ……」


 なんか色々あって、疲れたな。今日の非日常っぷりはどう考えても異常だ。推しのアイドルVtuberとオフラインで現実のPhantomをプレイしたかと思えば、家に泊まるといいだして。

 さっきから思考はこれの繰り返しだ。

 いっそのこと今日のことは全部夢で、もう一度オタクに戻りたい。


「もう寝よ」


 俺はテーブルを片付けることもなく、ベッドに向かおうと立ち上がると、インターホンが鳴った。 


「凛か?!」


 走ってインターホンに向かうと、そこには桃が立っていた。 

 扉を開けると、桃は左手で俺の胸ぐらを掴み、右手の平手を振りかぶった。 

 鋭い視線の桃と目が合う。そのまま強く打ち付けられると思ったが、桃は体を硬直させると、胸ぐらを掴んでいた手で俺を押し飛ばした。 

 女の子の力だ、体格差もある。倒れることはないが、俺は後ろによろめいた。


「どんな理由でも、凛々泣かせたんだから1発叩いてやろうと思って来たけど、あんたの死にそーな顔見たらそんな気も失せたぢゃん」


 桃は腕を組み、視線を合わさずに言った。よほど俺は憔悴しているらしい。


「凛は__」


「びしょ濡れで帰ってきた。最上っちがついてるから大丈夫。何したのか、全部言って」


「それは……」


 俺は応えることが出来ず、気まずい沈黙が続いた。


「あーしがぶん殴るためだけに来てると思う? あんたの話を聞きにきたんぢゃん!」


 桃は沈黙に耐えきれず、怒鳴った。


「凛々はあんたを庇ってるのか、言いたくないことをされたのか、話さない。理由によっては、あーし許さないから」


 桃は勝手に靴を脱ぎ、家の中に入り上着も脱がずにソファーに座り足と腕を組んだ。 


 俺はその背中を情けなく追いかける。


「話すまで帰らないから」 


 俺は立ったまま、ソファーに座る桃に全てを話した。

 デリヘルを予約していたのを忘れていたこと。 

 風呂に入っている時にデリヘル嬢が来てしまい、裸で凛の前に出てしまったこと。 

 玄関の外で帰ってもらうために、デリヘル嬢にせがまれ仕方なくキスをしたこと。

 それを、インターホンごしに会話も姿も凛に見せてしまっていたこと。 

 それに俺が気付いたのは風呂上がりで、既に凛は居なくなっていたこと。


「え、うん。それだけ?」


 桃が目を見開き、立ち上がり言った。 


「ああ。多分隠してることはないはずだけど」


「……よかったぁぁああ!」


 桃はその場に女の子座りでへたり込んだ。 


「世界っちがレイプ未遂したのかと思ったぢゃん!!」


「はあ?! そんなことする訳ないだろ」


 凛の残り湯を飲むか飲まないかで悩む変態っぷり、いやウブっぷりだぞ俺は。


「だよね、そう思って来たんだけどサ、あまりに凛々が悲しそうだったから。雨に打たれてたのもあるかも。あはは、良かった良かった!」


「い、良いのか?」


「凛々はデリヘルって制度を知らないような子なんよ。実家はお嬢様だからね。彼女が来て追い返したと思ったんぢゃないかな?」


「あー、それで彼女と俺に空気読まずに、家に押し掛けてしまったことが申し訳なくなって出ていったのか!!」


「いや、うん。まあそれでいいワ」


 桃は俺のことをアホを見る目で見て来たが構わなかった。誤解だったんだ、良かった、本当に良かった。 


「ほら、座りな世界っち。凛々との仲直り大作戦一緒に考えよ?」


 桃はソファーに腰掛け、隣をポンポンと叩き笑顔を向けてくれた。


「桃、お前良い奴だなぁぁあ」


「あーしも2人が仲悪いと嫌だし。さっき出会い頭に顔面ぶっ飛ばさなくて良かった笑笑」


 桃はテーブルの上のつまみを取り、食べながら言った。


「ほら世界っちも、あーん」


「あーん」


 DVってこんな感じなんだろうか。めちゃくちゃキツイ態度を取られた後の優しさが染み渡り、逆らえる気がしない。 

 俺は酒で頬を赤く染めながら、間抜けに口を開け、その中に入れられたナッツを食べた。俺の唇に桃の指が触れていたが、そんなことはお構いないようだ。 


「はは、顔の血の気も戻ってる。よっぽど凛々が居なくなったことが悲しかったんだね、お酒もこんなに出しちゃって。ほら、飲みな〜」


 気持ちを代弁し、理解してくれているようだった。俺は促されるままウイスキーを飲む。 


「うまい! さっきまであんまり味がしなかったんだ」 


「世界っちって可愛いところあるよね。犬系男子というか。モテるでしょ?」


 犬より性欲はあるかもしれないが、モテはしないな。


「いやいや。彼女出来たことないよ」


「ええ?! マヂで?!」


「あ、うん」


 やばい、口が滑った。そうだよな、34まで恋愛経験無しってひくよな。 


「信じられないけど、なんか色々辻褄があってきた気がするぢゃん……」


「辻褄とか難しい言葉知ってんだな」


「バカにすんなし笑 あ、コート脱いでもいい?」


「勿論。ほら」


 俺は立ち上がり手を伸ばした。 


「あざし」


 桃は立ち上がり、コートを脱ぐ。

 しかし、コートを脱ぐと桃はほぼ下着同然、いやそれ以上にどエロく装飾されているランジェリーと薄い上着を羽織っているだけだった。


 ッッッッッッッッッッエ!!

 エッチコンロ強火点火!! 

 ボボボボボボボボボボ!!


「その格好で来たの?」


「ん? あ、やべ。最上っちと飲んでるまま来ちゃったんだ。まあいいっしょ世界っちだし」


 最上さん、桃にこんな格好で晩酌されて、抱き枕にされてるの?!

 借金しながら続ける訳だ!!


「めちゃくちゃ見るぢゃん笑 一応やっぱコート膝にかけとくワ」


 いやまあ下半身も問題だが、どちらかというと、たわわな爆乳の方が目に毒だ。 


「世界っち、何たってるの? はよ座りな」


 股間が?! 

 確認したが大丈夫そうだ、3分立ちで堪えているようだ。流石に人前だからな。これならバレない。多分。


「お、おう」


 俺は座るとウイスキーを煽った。 


「いい飲みっぷり! 注ぐね」


「お、おう」


 トクトクトクトクトクトクトクトクトク


 おいおいどんだけいれてるんだ、これウイスキーだぞ?

 最上さんもしかして酒豪なのか……? 

 しかし、推しのアイドルが晩酌してくれた酒を飲まないオタクなどオタクにあらず。 

 俺は礼を伝えると、グビグビと飲んだ。

 一気には飲みません、吐きます。


 というか、さっきから飲んでいたのと、気が緩んだので、大分酔いが回って来たな。 


「あーしもコーラもらうね」


「どーぞー」


 さっきからつまみを勝手に食べていただろうとは突っ込まず、俺は沈黙を避けるためにテレビをつけた。深夜のバラエティ番組が始まっていた。ちょうど良い。 


「っぷは! このコーラ味が濃くて美味しい! なんてやつ? あ、あれ? なんかフワフワしゅる」


「ん? 普通のコーラだけど。っておい!」


 桃はペットボトルのコーラではなく、俺がチェイサーのつもりで使っていた氷抜きの濃いめコークハイを一気飲みしていた。 


「ふおー! これもしかしてお酒? 初めて飲んだぢゃん!」


「うわー……」


 終わったわ。ただでさえ凛のことで信用がないのに、未成年の女の子に飲酒させてしまった。最上さんに刺されてもおかしくない。


「いつも最上っちに止められて飲めなかったんよ、うわーなにこれ! しゅげ〜フワフワ」


 桃は羽織っていた薄い上着を脱ぎ捨て、机の周りを走り出した。 


「怪我するぞ、じっとしてなよ」


「空飛んでるみたいぢゃーん」


 俺は立ち上がり桃を追った。初めて飲むお酒で濃いめのコークハイ一気はヤバい。

 シラフなら逆回転ですぐ捕まえられたと思うが、俺も酔っていたため、後ろをずっとグルグルと追いかけてしまう。 

 走り回ることでより酒が回っていく。 


「捕まえた!」


 俺はやっと桃を捕まえると、こちらをむかせた。目はとろんと座っている。 


「捕まっちゃった」


 ぐああああ!! 

 俺の下半身が苦情を申し上げている!! 

 爆乳ランジェリーのギャルアイドルが座った瞳でそんなこと素人童貞にいったらいけませんよ!! 


「眠くなって来たぢゃん、お布団運んで?」


 桃は両手をこちらに広げた。俺は唾を飲み、手を引いた。


「違うー、世界っちはみら〜じゅ!の王子様なんだから、お姫様だっこナ。空気読めし」


 桃が体を擦り寄せて甘えて来た。柔らかい全身が俺の体に密着する。


「わ、わかった」


 俺は太ももを掴み、桃をお姫様だっこした。酔っているのでかなりキツい。 

 桃はキャッキャと喜んでいる。 

 なんとか寝室のベッドまで移動し、桃を降ろす。しかし桃は俺を掴んで引き寄せた。

 フラフラの俺もそのままベッドにダイブしてしまう。 

 布団、気持ちいい。 


「えへへ。世界っちとお泊まり嬉しい」


 いつものグイグイギャルとは違い、なんだか幼く可愛い様子だ。 

 桃は俺の手を取り、自分の頭を撫でさせた。目と鼻の先に顔がある。


「世界っちも今日大変だったなぁ〜、よちよち」


桃も俺の頭を撫でてくれた。よちよちされる前から、あっちこっちがカチコチです。


「ねえ、寒いよ、世界っち。あっためて?」


「そうだな」


 俺は下の方に追いやられていた掛け布団を引っ張り、2人の上にかけた。


「そうぢゃない〜」


 桃は布団の中を移動し、俺に体に密着させ、すっぽりと収まった。首元で何かを話すたびに唇が当たりこそばゆい。 


「ねえ、美鶴と凛々どっちが好きなん?」


「そりゃ、美鶴だよ」


「ふーん。じゃあ、あーしと凛々は?」


「え? うーん、どうだろ、2人とも好きだよ」


「んー、今日はそれで許したげる」


 そういうと桃は俺の首にキスをした。

 すみません、既にギンギンでしたが、ギンギングングンくらいになりました。


 これはもうダメかもわからんね。桃の胸に手が伸びそうになると、天使と悪魔が現れた。


天使「我慢したらもっといいことあるよ」


悪魔「凛が泣くぜ。今日はやめとき」


 おまえら……酔ってる時の方が正常じゃないか。


「あんまり俺をからかうなよ」


 俺は天使と悪魔に従うことにした。しかし返事がない。顎の下にいる桃を見ると寝息を立てている。寝たのか。ホッとしたような、残念なような。いやいかんいかん。これで手を出したら歯止めが効かなくなる。


 と同時に、酒のまわりに限界を感じて来た。心臓は高鳴り、視界も揺れている。なんとかアラームを8時にセットして、眠りについた。 



 チュン。

 チュン。


 夢ならまだ醒めないで〜

 鏡の向こうでも微笑んで〜


「っは!!」


 目覚めた。酷く頭が痛い。二日酔いだ。いつもは爽やかに感じる鳥の鳴き声もうるさく感じた。

 桃はアラームで流れるオリジナルソングを寝ぼけた声で口ずさんでいる。目覚めたようだ。


「ふぁ〜〜〜。 あれ、なんであーし世界っちと寝てるん? 朝チュンぢゃん」


 桃が俺をベッドに引き連れたんだろうが! 

 と思ったが、どう考えても俺の監督責任問題である。19歳と34歳の壁は高い。せめて20歳であれば……


「コーラと間違えてコークハイ飲んでたんだよ。頭痛くないか?」 


 俺は激痛です。


「あー思い出して来た! 大丈夫。走り回ってたことは覚えてるんだけど……あれ、まって。あーし凛々と最上っちに連絡したっけ?!」 


「あ!!」


「やばすぎ、連絡いれずに朝帰りどころか、帰ってないぢゃん!!」


 桃がリビングのカバンからスマホを取り出すと、ゲーム実況の時に俺も一緒に入るディスコードのグルチャと、桃の個人ラインに100件近いメッセージと数十件の電話が入っていた。


       ☆☆☆

 ご愛読ありがとうございます!

 君のためなら生きられる。です。

 ここまでで少しでも面白い、続きが気になる、書籍&アニメ化希望、来年のセンター試験国語に採用されるべき、ハリウッド実写映画化が見えた、友達に勧めたい、直木賞間近だ、直木賞は流石に無理だろ、カクヨムコン10万文字間に合うの?のどれかを思って頂けた方は、シオリと星を頂けると大変励みになります!

 是非皆様のお力を貸して下さい。

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