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 拘置所の面会室で、寺田は死んだ目を向かい側の弁護士に向けていた。寺田の家族が手配した御厨天真みくりやてんまという名のこの男は、辣腕を振るう刑事事件専門の弁護士だ。

「あなたを目撃した刑事さんたちの話では、吉野さんを刺した後のあなたは、まるで夢でも見ているような目つきだったと証言しています。つまり、吉野さんを襲った時、あなたの精神状態は非常に混乱していたと考えられるわけです」

 若いが深みのある眼光がアクリル板を貫いた。

「俺はいつか奴をやろうと思って、ナイフを隠し持ってたんですよ……」

「それは、別に計画していたというほどのことじゃありません。あなたは吉野さんとの尋問を通して、次第に精神が不安定な状態に向かっていった……その中で、もしかすると、自分が吉野さんの魔の手にかかるのではないかという恐怖を抱いていたとも考えられるわけです」

 寺田は鼻で笑った。

「どうでしょうかね。自分ではよく分かりません……」

「恩師を亡くし、警察では大きなプレッシャーに苛まれていたとも言える。現に、捜査一課の人間に圧力をかけられていたのはOCASの皆さんも証言できることです」

「警察は信用できない組織です」

 寺田は力なく言った。

「なぜそう思うんです? あなたが所属している組織なのに」

 寺田は無精ひげの目立つ顎に手をやってじっと考え込んだ。そして、喉の奥から生温かい息を吐き出した。

「十二月八日に殺された島原がジャパン・キーパーに天下っていたのは周知の事実です。そして、彼は金蘭倶楽部のメンバーだった。だから、それが手掛かりになるかと思ったんですよ」

「殺人事件の、ですか?」

「いや、仙堂さんの裏の顔の、ですよ」

 御厨は背中を丸めた。

「どういうことですか?」

「仙堂さんが良くない連中とつるんでいるという噂が流れていたんです。俺も初めは、刑事から外された仙堂さんが成果を上げて刑事に戻ったのを妬んだ周囲の人間は流したものだと思っていました。だけど、どうやら、仙堂さんは様々な事件に関係して被疑者の検挙に貢献していたことが分かりました」

「それは素晴らしいことなのでは?」

「あまりにも不自然なほど、事件を解決に導いているんです。反社会的な連中と繋がって、マッチポンプを仕掛けていたに違いない。そうでもなければ、七年で刑事に戻るなんてあり得ないことです。そして、仙堂さんが関わった複数の事件で現場から薬物や武器などの証拠品が不自然に消えていたんです。メディアは、それを押収品の横流し疑惑と報じたこともありました」

 御厨の目が光る。

「つまり、それらは警察の組織ぐるみの犯行だと?」

 寺田はうなずく。

「仙堂さんがその中心にいるのではないか、と。金蘭倶楽部には、そういった不祥事を揉み消せるような人物もいます。そう考えれば、吉野が被害者たちを意のままに操れたのも偶然ではないといえる……。自分たちの犯罪行為の証拠がどこかにあると仄めかされれば、周囲の目を盗んで動こうとするでしょう」

「でも、証拠がない。それを金蘭倶楽部から探ろうとしていたということですか?」

「そういうことです」

 寺田は溜息交じりにそう言って、気怠そうに椅子の背もたれに寄り掛かった。御厨は険しい表情で考えを巡らせていた。

「もしそれが本当だとしたら、大変なことだ……」

 寺田が皮肉っぽく口を開く。

「この情報を取引材料に罪が軽くなるかな?」

「いや……、この裁判では扱うことはできませんし、これを告発しようと固執すると、場合によっては、情状酌量の余地がなくなることも考えられます。ですが、この件は口外しないでおきましょう。しっかりと準備をしてからでないと、寺田さんの身が危険に晒されるかもしれません」

 寺田は絶望の淵でこぼすような溜息で応えた。

「刑務所を出ても息苦しい世界が待ってるわけだ……」

「少なくとも、今は安全ですから」

「別に安全なんか求めちゃいませんよ。今はあのクズが消えて清々してるんです。もう少しだけ、この達成感に浸らせて下さい」

 自分の中の怒りを昇華させた寺田の表情は穏やかだった。あるいは、見る者が見れば、麻痺しているように見えたかもしれない。御厨は「また来ます」と言って、面会室を出た。

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