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 翌日の捜査会議で宗谷の死亡の経緯が報告された。

 宗谷は、鼻から挿入されたチューブから低カロリーの栄養を補給されていた。しかし、他に必要なビタミン類が静脈注射されてから十分ほど経過した頃に容体が急変。その後、死亡が確認された。宗谷を死に至らしめたのは、フェノールという物質で、注射を行った看護師は薬品保管棚のビタミン溶剤を取ったと証言。その後、ゴミ箱の中から、その看護師の指紋がついたビタミン溶剤のラベルが貼られた容器が見つかった。その中身がフェノールであったことが確認されたのだ。

「つまり、薬品棚には初めからビタミン溶剤のラベルが貼られたフェノールが置かれており、看護師は医師の指示に従って、それがビタミン溶剤であると認識して宗谷さんに注射を行ったものと考えられます」

「容器の中身をすり替えて薬品棚に置いた人物がいるはずだ。その人物の特定を急げ」

 乙部が声を張り上げる。というのも、宗谷の大腸からコルヌコピアがデザインされた小さな金のインゴットが見つかったからだ。コルヌコピアとは、豊穣を表すつののことで、これは運命の女神フォルトゥナと関連づけられる。ここにも運命のモチーフが仕込まれ、明確に吉野の意思が現れていることが分かる。


 薬品をすり替えた人物は、二日後に特定された。宗谷が搬送された病院に努める医師である松島和久まつしまかずひさが栃木県内の山道に停められた車の中で自殺しているのが見つかったのだ。車内からは、宗谷の死に関わったこと、それが吉野の指示によるものだったことが殴り書きされていた。松島は病院が管理する薬品を横流ししていた過去があり、それを利用されたのだという。

 遺書には、マキシミリアン・コルベという名前が添えられていた。コルぺ神父はキリスト教の殉教者だ。宗谷の死にざまは、まさにコルベ神父と酷似していた。

 松島は、宗谷が死亡した直後から失踪しており、病院内の防犯カメラには、薬品棚のある部屋の周囲で不審な動きをしている様子が捉えられていた。そして、その背格好から、仙堂の部屋の前に荷物を置いたのも彼であることが断定された。松島は警察の捜査網から逃れられないと観念して自殺したものと考えられている。

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