18
「どうしてそんな人の名前が送り状に?」
寺田が逮捕されて、OCASの活動は一時的に休止状態となった。仙堂たちは長時間の事情聴取の末に自宅待機を命じられた。とはいうものの、それで黙っていられる彼らではなかった。自主的に三田村の家で額を集めていた。ただし、宇和島は参加を断った。
「それは分からない。吉野の策略なのかもしれない」
「そもそも、なんであんなものを……」
三田村の視線がテーブルの上の仙堂のスマホに向けられる。仙堂が念のためにスマホで撮影しておいた木彫の仏像写真だ。
「英梨花の話によれば、大日如来の首らしい。それも、
「英梨花さんとさくらちゃんの様子は大丈夫ですか?」
鶴巻が眼鏡の奥の瞳を心配げに揺らす。
「ショックだろうが、とりあえずは大丈夫だと思う」
二人の目には彼が自分自身にそう言い聞かせているように映った。三田村が本題に戻す。
「じゃあ、あれも吉野のメッセージですか」
「その宗谷が吉野の共犯者なのかも……」
鶴巻が言うと、仙堂は溜息をついた。
「瀬古に聞いたんだが、あの送り状には宗谷の住所も記載されていた。だが、その住所の家はめちゃくちゃに荒らされていたらしい。どうやら、宗谷はもともと所属していた暴力団から追われていた。今も逃げ回っている可能性がある」
「ますますなんでそんな人間の名前が書いてあったのか、疑問ですよね」
三田村が首を捻ると、鶴巻が静かに口を開いた。
「以前、吉野の次の被害者がいるなら、飢え死にさせようとしているかもしれないと言いましたけど、もしそうだとすると、それには相当な時間がかかりますよね。でも、普通の社会に属している人間ならば、それほどの長期間、誰とも接触しなかったのなら、周囲の人が不審に感じるはず。でも、宗谷は……」
仙堂と三田村の表情が険しくなる。
「いなくなっても不審がられない……?」
鶴巻がうなずく。
「その可能性はあります。それに……仙堂さんに関わる人ではあるんですよね」
一応の結論が導かれて、三田村が溜息と共に大きなクッションに身を沈めた。天井を見上げて、ボソリと呟いた。
「どうしてこんなことになっちゃったんですかね……?」
鶴巻は黙ってしまう。仙堂は伏し目がちに言う。
「寺田は、明確な殺意があったと言っているらしい。実況見分で九条先生が殺された場所に立って、吉野の説明を聞いて、九条先生の最期の瞬間を頭の中で再現した時に、どうしようもなくなってしまったんだろう」
「でも、ナイフをずっと隠し持っていたんですよね。初めから何か思惑があったのかもしれません」
鶴巻は寒さのせいなのか、身体を震わせた。
三田村の部屋での一応の結論は捜査一課にもたらされ、まずは仙堂の部屋の前に箱を置いた人物の特定が進められた。荷物は配送業者によって置かれたものではなかったことが確認されていた。マンションの防犯カメラに映っていたのは、顔をマスクとサングラスで隠した人物で、警察はこの人物の行動を街中のカメラ映像と目撃証言で追跡に当たった。
その結果、辿り着いたのが、とある廃工場だった。仙堂の部屋の前に荷物を置いていった人物の乗った車が、そこに出入りしていたというのだ。つまり、あの廃工場で宗谷を発見できたのは、全くの僥倖だったということだ。
***
栗原は瀬古と共同捜査本部を出て、難しい顔をした。
「あの工場で流れてた曲……、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの『運命の三人の女神』ってことは、今までの事件と同じ趣向ってことですよね」
「ルーン文字の彫られた木片も見つかってるから、それは明白なことだな」
「でも、もうそれを説明してくれる人間はいなくなっちゃいましたね」
「吉野がいたところで、あいつは何も喋らなかっただろう。それに、廃工場に出入りしていた人物がまだ残ってる。そいつが俺たちの頼みの綱だ」
「すごく嫌な想像ですけど、吉野の共犯者なら、いずれ口封じされそうですけどね」
瀬古は笑った。
「どうやって口封じするんだ。もう吉野はこの世にいないんだぞ」
「それはそうなんですけど……。何をやらかすか分からないあの感じが、まだ終わりじゃないぞと言っているような気がして……」
向こうから、今しがた共同捜査本部のある会議室から出て行ったはずの関永と乙部が血相を変えて戻ってきた。
「みんな一旦戻ってくれ! 今いる奴でいいから!」
瀬古が乙部に近づく。
「何があったんです?」
「宗谷が死亡した!」
瀬古は思わず立ち止まって、栗原と顔を見合わせた。
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