15
「次の犠牲者について、何か話す気になったのか?」
仙堂が詰め寄る。狭い空間に吉野と共にいる時間をできるだけ短くしたいようだった。
「僕は運命の力を行使することができる」
吉野の暗い目がギュッと細められる。口元が緩む。寺田が吉野の首根っこを掴んでグッと引き寄せた。
「さっさと吐け……!」
仙堂が腕に触れると、寺田は手を引っ込めた。仙堂が吉野に向けた瞳は救いを求めるように車窓からの光を受けて輝いていた。
「まだ手遅れじゃないと言うのか?」
「ああ、どうでしょうね?」吉野はいつもと変わらない様子で歯を見せた。「それは仙堂さん次第じゃないですかね」
「どういうことだ?」
吉野はたっぷりと間を置いて、目の前の三人の男たちの瞳を順番に見つめた。
「インクの染みに気づいたのが誰なのか、分かったんですよ」
予想外の言葉に、仙堂は二の句が継げなかった。
「どういうことだ」
寺田が問い詰める。吉野がにっこりと笑う。
「強い絆で結ばれた人を失うと、人はどうなるんでしょうね?」
「何を言ってるんだ、てめえはッ!!」
狭い空間に寺田の怒号が充満した。首元を掴まれても、吉野はただただ愉快そうに顔の筋肉を弛緩させるだけだ。仙堂の瞳がシートの裏の薄暗い闇を捉える。視線がコロコロと転がって、虚空の一点を見つめた。次の瞬間、仙堂は猛烈な勢いでワゴン車のスライドドアを開け放って車外に転がり出ると、胃液を吐き出した。
「仙堂さん!」
待機していた鶴巻が駆け寄る。向こうで瀬古が声を上げる。
「何があった?!」
車のドアのところで、三田村が目も口も開け放っている。
「急に飛び出して……」
車内から吉野の大きな笑い声が漏れ出す。
「英梨花!」
鶴巻の腕を振りほどき、宇和島を突き飛ばして仙堂が駆け出す。三田村が後を追う。
「仙堂さん!」
騒然とする刑事たちの間を抜けて、OCASのバンのそばに辿り着いた仙堂はスマホを取り出して耳に当てた。
「出ないッ──!」
すぐに咳き込んで砂利敷きの地面に膝を突いてしまう。
「どうしたんですか、仙堂さん!」
三田村が背中をさする。
「吉野の次のターゲットは英梨花だ」
「はぁ?!」
三田村に縋るようにして仙堂は叫ぶ。
「俺の家まで! 頼む!」
血走った目が尋常ならざる状況を物語っている。三田村は勢いそのままにうなずいて運転席に飛び乗った。仙堂が重い身体を引きずるようにして助手席に身を滑らせると、バンは走り出した。
「どういうことなんですか!」
***
三田村はサイレンを鳴らして、とにかく車を飛ばした。ここから仙堂の自宅までは普通であれば小一時間はかかるが、これなら少しは早く着くかもしれない。仙堂は鼻水と唾液を啜って頭を抱えていた。
「インクの染みに気づいたのは、英梨花だ……。奴は誰が気づいたのか知りたがっていた。奴の目的は……」
「仙堂さんを苦しめること……」
三田村の額に脂汗が滲んだ。
***
車を飛ばして、二人が仙堂のマンションに着いたのは、二十五分後のことだった。エントランスを抜けて、エレベーターで八階まで昇る。エレベータを飛び出して、廊下を駆け抜ける仙堂の足が、急に力を失うようにして止まった。その視線の先、仙堂の自宅玄関の前に、スイカでも入れるような立方体の段ボール箱が置かれていた。肩で息をしながら、その箱の前に立って、仙堂は硬直してしまった。箱の天面に宅配便の送り状が貼りつけられている。送り主の欄に「宗谷篤」と殴り書きされていた。仙堂はゆっくりと膝を突いた。箱に触れるその手が、三田村の目にも分かるほど震えていた。
「仙堂さん……」
三田村の声も震えていた。彼の脳裏に、いつか観た映画のシーンがフラッシュバックする。だから、仙堂がその箱の蓋を止めるテープを剥がして開けようとするのを制止しようとしたが、その肩に触れることができなかった。仙堂が泣いていた。ゆっくりと箱を開ける。その中を覗き込んだ仙堂が目を丸くした。そっと箱の中に両手を差し入れる。中にあるものを持ち上げる。
首だった。
木彫の仏像の。
仙堂は静かに仏像の首を箱の中に戻し、まるで平伏すように床に額を押しつけた。
「どうしたの?」
声がして、三田村が振り返ると、さくらの手を引いた英梨花の姿があった。仙堂が顔を上げてグズグズになった顔で振り返る。二人の姿を認めて、胸を撫で下ろすと、声もなく涙を流しながら、その場にへたり込んでしまった。
「なんで電話に出なかったんですか!」
三田村がそう言うものの、英梨花はキョトンとした表情だ。
「パパ……!」さくらが駆け寄って仙堂を抱きしめる。「大丈夫よ……大丈夫よ……」
初めて見るボロボロになった父親の頭をさくらは優しく撫でた。英梨花がゆっくりと近づいて仙堂の背中に手を回す。
「何があったの……?」
仙堂が答えようという時、三田村がポケットの中で振動するスマホを手に取って、耳に当てた。
「……なんだって?!」
向こうの声に驚いた三田村の頬がスピーカーフォンのボタンに触れる。
『ずっと電話してたのにッ……!』
宇和島が泣き喚くように叫ぶ声がマンションの廊下に木霊した。
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