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一課との苛烈な応酬の末、吉野立会いの下で三つの事件の実況見分が行われることとなった。一月七日に都内で島原光明が殺害された事件、八日に九条実篤が殺害された事件、そして九日に倉敷龍臣が殺害された事件について実施することが決まった。一課の中においても、吉野の単独犯説に対する疑念を抱く者もおり、一課とOCASの合同チームで実況見分が行われることが合意された。
***
一月七日、ラ・ポーズの施設内が全面的に立ち入り禁止となり、午前中に実況見分が行われた。約一時間半をかけて吉野による事件経過の説明を何度も繰り返した。彼の証言と証拠物件の照合が行われ、実況見分とそれに付随する聴取が終わったのは、七日の午後八時過ぎだった。
「吉野の証言と、発見されている証拠との間に齟齬はない」
それが丸一日を費やして得られた結論だった。乙部は難しい顔をした。吉野の証言が事件内容と一致していたとしても、彼の事件との接点を示す証拠は樹のオブジェを制作した会社の防犯カメラ映像とラ・ポーズに防犯カメラを設置した業者が目撃した吉野の姿、そして、被害者である島原の胃の中から検出された本の一ページだけだからだ。吉野が島原を殺害したという直接的な証拠があるわけではない。曖昧な繋がりを強固なものにしているのは吉野自身の自白で、現時点で起訴に足るものではあるが、妙な違和感が共同捜査本部に流れているのは否めない。
***
一月八日、朝から分厚い雲が垂れ込めていた。薄暗い廃屋の裏手に、大勢の刑事が並んでいた。その中心には、腰縄を当てられた吉野が立っている。
「僕はその廃屋の影に隠れて待っていたんです」
吉野は竹に侵されている廃屋の中を指さした。仙堂が尋ねる。
「当日は雨が降っていただろう? お前はどういう格好だった?」
「合羽を着てましたよ」
「色は?」
「黒」
仙堂はタブレットに目を落とした。
「お前の自宅からは見つかっていないな」
「捨てましたからね」
外に出られる喜びなのか、昨日から吉野の表情は明るい。いつもにやけているが、どこか晴れやかに見える。
少し離れた場所で、OCASの面々も実況見分を見つめていた。寺田は親指の爪を噛みながら、じっと吉野を見つめている。
「本当にこれ無駄じゃないのかな……?」
宇和島が声を潜める。鶴巻が彼女を宥めるように微笑みかける。
「きっと大丈夫よ」
「でもさ、次に狙われる人は分かんないまんまじゃん……」
「二人ともうるさいぞ」
イライラしたように寺田が短く言うと、宇和島は口元に手を当ててそっぽを向いた。向こうでは、吉野が大きな口を開けて、愉快な昔話でも語るように説明を続けていた。
「あいつが来たから、じっと待ってたんですよ。あいつは井戸の中を覗き込んでた。もうじきお前もそこにぶら下がるんだぞと思ったら、笑いを堪えるのが大変で……」
「余計なことを喋るな。なぜ九条さんは井戸の中を覗いた? お前がそう指示したのか?」
吉野はニヤニヤとしながら、井戸を一瞥する。
「さあ。中に何かあるとでも思ったんじゃないですか」
「九条さんが井戸を覗き込んだのをきっかけにして、お前は彼を襲ったのか?」
吉野はゆっくりと井戸に近づいた。右手に何かを持つような素振りをして振りかざすと、一気に振り下ろした。その眼は倒れ込む九条を見つめるように冷たい土の上に注がれた。まるで、そのイメージを共有したかのように、寺田は九条の死にざまを瞼の裏に見た。
その後、時間をかけて事件を時系列順に追って行き、二十分ほどしてひと段落がついた。
「話がしたい」
と吉野が告げると、小型護送車が簡単な取調室になった。車のキーを受け取った寺田がドアを開けて吉野が身を屈めて入って行く。その後に仙堂と寺田、三田村が乗り込んだ。瀬古が同席を申し出たものの、吉野の拒絶に遭い、護送車の周囲には刑事たちの不満げな顔と鶴巻と宇和島のいたたまれない顔が並ぶことになった。
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