13

 寺田の耳に仙堂の声が蘇る。

「逃がすなよ」

 寺田は飛田を後ろから羽交い絞めにした。飛田は苦悶の表情を浮かべて蹲ろうとしている。鳩尾に一発食らったのだろう。仙堂は飛田のコートや服の中、荷物を検めて、デバイスの類を全てチェックした。

「こんなことしていいのか……?」

 飛田が寺田の腕の中で仙堂を睨みつけた。仙堂は飛田の左手の薬指にリングを認めた。

「結婚してるんだな。子どもはいるのか?」

「おい、俺を脅してるのか?!」

 仙堂が寺田に目で合図した。寺田の拳が飛田の鳩尾にぶち込まれた。飛田は喉の奥から苦痛に満ちた音を絞り出して、地面の上に転がった。ビルとビルの間の細い路地、防犯カメラの影はない。


***


「飛田自身の証言もあやふやで、斎場の防犯カメラに映ってから十五分後に別の場所で防犯カメラに映り込んだ時にはすでに怪我を負っていた。その空白の時間に彼は襲われた」

 会議室──摂津は何かを含むような口振りだ。寺田は不満を口にするかのように返す。

「少なくとも、僕たちではありませんよ。僕たちがその飛田という人とどこかへ向かった様子でも残っているんですか?」

「いや、斎場のカメラは敷地内だけが映るように調整されていて、君たちが飛田と共に敷地を出るまでは捉えられていた。それ以降は掴めていない」

「飛田とは、斎場を出て少しのところで短くやり取りを交わしただけです。僕と仙堂さんは同じ方向だったので、一緒に帰りました。ですから、飛田のその後の行動は分かりません。お役に立てず申し訳ありません」

「飛田との会話の内容は?」

 寺田は声を潜める。

「言いにくい話ですが、吉野が怪我をした件で……」

 聞こえよがしに溜息をついて、摂津は寺田を遮った。

「最近、記者の夜回りが活発になってる。その影響だろう」

 摂津は立ち上がった。

「もういいんですか?」

「情報が少なく、飛田も喋ろうとしない。捜査は続くが、また何かあれば話を聞くことがあるだろう」

 思いのほか簡単に解放されて、寺田は胸を撫で下ろした。仮に摂津が仙堂に話を聞いても話す内容は変わらない。おまけに三田村たちは昨夜のことを何も知らない。仙堂たちを追って車道を渡ったあの瞬間から、寺田は彼と共犯関係を築いたのだ。


「助かった」

 あの暗い路地で投げかけられた仙堂のその言葉に、寺田は心の中の氷が見る見るうちに解けていくのを感じたのだった。


***


 取調室に戻ると、三田村が心配そうな顔で出迎えた。

「何かあったんですか?」

「大したことじゃない」

 寺田が何食わぬ顔で仙堂たちの方を見ると、仙堂が吉野のそばで机の縁に腰かけて、紙ファイルから写真を取り出していた。


「お前が殺した被害者たちだ」仙堂は吉野の目の前に写真を一枚ずつ置いていく。「彼らにも人生はあった。愛する家族もいた。それをお前は奪ったんだ」

 吉野は写真に目をやって、仙堂の顔を見上げた。

「何が言いたいんですか?」

「喋る気はないのか?」

「こんな下らない人情噺に何の意味があるんです?」

「なぜお前が次の犠牲者のことを喋らないのか。その理由は簡単だ。お前は次の犠牲者がどうやって死ぬのか分からないんだ」


 隣の部屋で四人が驚きの声を漏らす。宇和島が息を飲む。

「犯人が別にいるってこと?」


「最初の事件から第三の事件まで、それが起こった時にお前は何の制限も受けていなかった。だが、今回は違う。外との連絡手段を持っていない。だから、犯人とやり取りをすることができず、事件について話すことができないんだ」

「何を言ってる? 全部僕がやった」


 寺田たちは固唾を飲んで見守った。鶴巻が小さな声で言う。

「吉野を惑わすために嘘を言っている……?」

「共犯者の可能性はまだ残ったままだ」

 寺田がそう返すと、三田村も宇和島も真実を見失ってしまう。


 仙堂は机の上の写真を拾い集めて紙ファイルに挟み込むと、それごとぐしゃぐしゃにした。不敵な笑みを浮かべる。

「お前が嘘をついているかどうか、確かめてみようじゃないか」

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