12

 二人でホールに向かうと、三人が待っていた。仙堂は四人を前に決意を新たにする。

「今日は帰ってゆっくりするんだ。明日からまた始めよう」

 五人で斎場を出る。そこへ、にやけ面をした男が近づいてきた。

「OCASの皆さんですよね。話は聞いてます」

 詮索好きそうな目。細い腕とは裏腹にしっかりとした足腰。大きな耳と小さな口。忍耐強そうな丸い背中。記者であることが目に見えて分かる。仙堂は四人の前に出て記者の男に詰め寄った。

「何の用だ?」

 記者は仙堂の肩越しに四人を眺めて、仙堂に目をやった。

「吉野善が怪我をした件、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

 仙堂は周囲を見回した。そして、道の向こうを指して歩き出す。

「ここじゃなんなんで、向こうにバーがある。そこで秘密の話をしよう」

 記者はにこやかにうなずいた。

「助かりますよ」

 斎場の敷地を出ると、仙堂は四人を振り返った。

「じゃあ、また明日」

 そして、寺田を一瞥した。仙堂と記者は四人と別れて、車通りの少ない道を小走りに渡っていった。それを見送った寺田は、三人に顔を向けた。斎場の方を親指で示す。

「九条先生のご家族に挨拶をしてなかった。みんなは先に帰っててくれ」

 頭を下げて去って行く三田村と鶴巻。宇和島は寺田に近づいていった。

「この前、頼まれてたやつですけど──」

「ああ、あれはもう忘れてくれ」

 驚いたように目を丸くした宇和島は、胸を撫で下ろしたようにうなずいて、駅の方向に歩いていった。彼女の背中を見届けて、寺田は車道の向こうに駆け出す。


***


「スッキリした顔してますね。死んだ人間を送り出した自己満足ですか?」

 翌日、取調室に入って来た仙堂を見て、吉野は笑顔を向けた。

「金曜日に、お前は勾留延長されるだろう。そこから、また十日間が始まるぞ」

「何の意味もないことです」吉野はゆったりとした様子で答えた。「警察が僕を牢屋の中に縛りつけておくために汚い手をなんでも使うことは知ってます。だけど、それすらも意味のないことだ」

 現に、吉野は群馬の事件では死体遺棄容疑で逮捕されている。その後、殺人容疑での再逮捕、八日の事件に関わる容疑での再逮捕と、勾留期間をリセットするための手筈は整っていた。

「次の犠牲者は誰だ」

「毎日、殺されていることを期待して、知り合いの誰かの居場所を尋ねるのはどんな気分ですか?」

 吉野は目を細めて仙堂を観察する。

「俺を苦しめて楽しいか?」

 吉野は満面の笑みを浮かべる。

「楽しいですね」

「次に誰かを殺すとしたら、どう殺したいんだ?」

「ああ……」吉野は天井を見上げた。「面白い質問ですね。色々やってみたいことはありますよ。先人の編み出した拷問や処刑方法は愉快なものばかりですからね」

「自分の頭では考えられないんだな。お前は誰かの真似事ばかりだ」

「僕を怒らせようとするより先にやるべきことがあるんじゃありませんか?」


 吉野はじっと仙堂を見返した。隣の部屋で鶴巻が言う。

「あまりにも喋らなすぎますね」

 三田村が拳を握りしめる。

「俺たちをおちょくってるんだよ」

「いや、計算してるはずです」

「どういうことだ?」

 寺田が疑問を投げると、鶴巻は眼鏡を直しながら話し始める。

「九条さんの事件の場合、吉野はここにやって来た日に最初のヒントを私たちに与えました。穴吊りという拷問を再現した、と。逆さ吊りにすれば、日数をあまり必要とせずに人は死に至ります。そのことを吉野は解っていた。今回は次の犠牲者の存在を示唆してから六日も経つのに、なにひとつ喋りません。ここにやって来た十二月二十八日からの九日間……それだけの時間をかけて人が死に至るのは、病気以外では飢餓しかないのではないでしょうか」

 寺田が眉間に皺を寄せる。

「あり得ることだが、結論を急ぐのは危険だ。奴に共犯者がいないと確定しているわけじゃない」

 三田村がタブレットを引き寄せて、一課が集めた吉野の妹・鏡花の情報を呼び出す。

「一課がずっと吉野の妹を張ってますが、怪しい動きはないようですね」

「吉野のこれまでの交友関係の中には答えはないだろうな」

 仙堂が何かを言いかけた時、寺田たちのいる部屋のドアが勢いよく開いた。神経質そうな背広姿の男が立っている。

「警務部の摂津せっつだ。寺田、来てくれ」

 怪訝に思いながらも部屋を出て、摂津についていくと、無人の会議室に辿り着く。コの字型に置かれた長テーブルの角を挟んで二人が座ると、摂津は鋭い目を寺田に向けた。

「昨夜、世田谷の斎場付近で週刊誌記者の飛田進とびたすすむという男が二人組の男に襲われた。この名前に聞き覚えは?」

「ありません」

 摂津はスマホを操作して、一枚の写真を表示した。

「この顔に見覚えは?」

「ああ……、昨夜、九条さんの通夜が終わって斎場を出る時に仙堂さんに声を掛けてきた男だと思います。彼が被害者ですか?」

「昨夜八時過ぎに飛田が訪れた病院の医師が不審に思って警察を呼んだ。だが、飛田の話は要領を得ず、管轄署が調べたところ、斎場の防犯カメラにお前たちと接触しているのが映っていた。君たちはこの件の容疑者となっている。飛田と最後に会っていた可能性があるというのが、その理由だ」

「それは心外です」

「この件には無関係?」

「もちろんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る