10

 鶴巻は凛とした表情で吉野の前に向かった。仙堂は二人の様子を腕組みをしながらじっと見入っている。

 吉野は目の前の鶴巻をじっと見つめた。

「僕を分析するとしたら、どうなる?」

「詳しく診断していないので、明言はできません」

「じゃあ、直感的に僕をどう理解する?」

「反社会性パーソナリティー障害か自己愛性パーソナリティー障害」

「これまでの三件の殺人を振り返って、どう感じた?」

 鶴巻は不快感を滲ませる。しかし、じっと笑いかける吉野に根負けするかのように口を開いた。

「キリスト教徒への拷問を模倣するのは、自分の力を誇示するため。偶然性を演出して、自分がその中心にいると思わせるのも、自分には特別な力が備わっているということを示すため。それは、裏を返せば、自分が無力であることを、意識の有無にかかわらず自覚しているということでもあります。つまり、あなたは人智の及ばない力を渇望している。だから、母親を返せという実現不可能な要求をしている」

「面白い分析だ。でも、それで次の犠牲者は見つけられるのかな?」

「人間性の理解と事件の予測は別問題です」

「九条が死んだ現場の状況は何を示す?」

 詮索するような口振りに、鶴巻は怪訝な表情を返す。

「そこに次の犠牲者のヒントがあると?」

「もしそうだったら、どう考える?」

 鶴巻は顎に手をやる。

「九条さんは逆さ吊りにされていました。あなたが言ったように、キリスト教徒への穴吊りの刑に似ています。これを行うために、大学の研究室チームを、おそらくは九条さんを利用して動かした。他人を利用する手法は、第一、第二の事件と共通しています。犯罪を複数の人間に分担させることで、自分の負担を軽減していると考えられます」

「じゃあ、共犯者だな」

 吉野は愉快そうに合の手を入れると、鶴巻は疑いの目を向けた。

「彼らは利用されただけです。共犯者ではない」

「現場から見つかったものはなんだ?」

「木片……『ラグズ』には、水という意味があります。九条さんは水を汲み上げる井戸の中で亡くなった。そして、ワタリガラスの羽根……これは……」

 鶴巻は言葉が継げなくなって考え込んでしまった。その様子を吉野は観察しながら、口元は緩んでいる。


「奴は俺たちを常に試している」

 仙堂が言う。三田村が忌々しそうに舌を鳴らす。

「とことん警察を舐めてる……」


「ふ~ん」吉野が何かに気づいたように声を漏らした。「インクの染みに気づいたのは、君じゃないな」

 思いも寄らない指摘に、鶴巻は思わず目を見開いて、左に目線を逸らせた。吉野はグッと顔を突き出した。

「何か言われたことを思い出してるのか?」

 吉野の言葉に鶴巻はキッと相手を睨みつけた。吉野が探っている人物の存在に気がついて、それだけは言うまいと身構えたのだ。吉野はそんな彼女の心を見透かすかのように身を引いて、ニヤニヤと鶴巻を観察した。背筋を指先でなぞられるような不快感に、鶴巻は思わず顔を背ける。

 ちょうど取調室の入口に仙堂が現れた。

「お前の要求には答えた。次の犠牲者のことを話せ」

 鶴巻を部屋の外に出して、仙堂は詰め寄った。吉野は心の奥底から立ち上る笑気に相好を崩した。唐突に話し始める。

「あの時は雨が降ってたんですよ」

「何の話だ」

「だから、僕の足音は聞こえなかった。あの薄暗い廃屋の裏手は、何をするにも好都合な場所です。まあ、だからあの場所を選んだんですけどね。無知で愚かな老人が管理する場所は、いつだって全てが緩慢だ」

 仙堂はじっと吉野の口が動くのを見ている。まるで感情をどこかに追いやったような表情だ。対照的に弾むような口調で吉野は続ける。

「近づいて殴りつけてやると、人形になったようにぶっ倒れましてね。すぐに身動きが取れないようにロープで縛っていると、気がついて、『なにしてる!』と言うんです。だから、『死んでもらいますよ』と言うと、急に暴れようとしましてね……」

 吉野は楽しい記憶でも呼び起こすように歯を見せる。

「泥だらけになって、釣り上げられた魚みたいにジタバタと暴れるんです。仙堂さん、生きている魚に火を近づけたことがありますか? ものすごい勢いで飛び跳ねるんです。僕がぶら下げるロープを足に括りつけ始めた時、九条はまさに火を近づけられた魚みたいに飛び跳ねましてね。思い出すと笑っちゃいますね」

 仙堂は深く溜息をついて、立ち上がった。

「あれ、話の続き聞かないんですか?」

「ひとまず休憩だ。留置場へ戻れ」

 仙堂は取調室を出て行った。後から、鶴巻と三田村、宇和島がついてくる。

「あいつ、気持ち悪いわ」

 反吐が出そうな顔で宇和島が言い放った。

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