7
仙堂は項垂れていた。ひとしきり怒りをぶつけ回った寺田が、頭を抱えて膝に肘を突いて椅子に腰かけている。陰鬱とした空気の中、他の三人はデスクに向かって緩慢とパソコンをいじるだけで、中身のない時間だけが過ぎていた。
忙しない時間が彼らを休ませることなどない。部屋の入口に関永と乙部が現れたのだ。乙部が関永に先んじて仙堂の近くにやって来て、そばのデスクに一枚の紙を叩きつけた。
「読んでみろ」
仙堂が頭を上げた。その目はくっきりと皺で囲まれていて、壮絶な怒りと悲しみを滲ませていた。そんな仙堂に構うことなく、乙部は繰り返した。
「読んでみろ」
仙堂は重い身体を動かしてデスクの上の紙を手に取って、胸の前に待ってきた。
〝尋問中の傷害事件? 警視庁で起きた犯罪の実態〟
ある週刊誌がネットメディアに掲載した記事をプリントアウトしたものだった。
「記者が夜回りですっぱ抜いたらしい。尋問中に吉野が怪我をした件が明るみに出てる」
「誰が記者に喋ったんです?」
「そんなことは問題じゃない!」乙部が怒号を発した。「お前の勝手な行動で、警察の面子が丸潰れなんだよ!」
関永が仙堂の前に立ちはだかる。
「お前たちには吉野から情報を引き出すように言っておいたはずだ。だが、実際には、奴から何も引き出せず、九条さんは遺体となって発見された。お前たちの手落ちで、一人の善良な市民の命が失われた」
「いや、ちょっと待ってよ……!」
宇和島が怒りを露わにする。すぐにそばの鶴巻が制止する。乙部は顔を赤くして声を高める。
「もとはと言えば、お前たちが一課に相談もなしに独断で行動したことから始まっているんだ! あってはならない警察の失態……どう落とし前をつけるつもりなんだ!」
「私が責任を取ればいいですか?」
暗い目で見つめ返す仙堂を、関永は超然と受け止める。
「勘違いをするなよ。この場を放り出して逃げ出すことが責任を全うすることじゃない。お前たちには自分の尻拭いはしてもらう」
「尻拭い?」
不満を滲ませた目で見上げる仙堂の前に、乙部がタブレットを突きつける。留置場のカメラ映像だった。吉野が収められている部屋が映っている。
「この映像はさきほどのものだ」
乙部が再生ボタンを押す。
『早くしないとまた人が死にますよ~』
仙堂たちに戦慄が走った。写っているのは留置場の部屋の外観だけだ。吉野の姿は見えない。だが、その声は辺りに響き渡る。
『無能な警察のせいで、また人が死にますよ~』
乙部はタブレットを小脇に抱えた。
「吉野が次の犠牲者の存在を示唆した」
関永が冷たい声でOCASのメンバーを撫で回す。
「お前たちには汚名を雪ぎ、次の犠牲者を救い出すしか道はない。奴から情報を引き出すこと。もしそれができなければ、お前たちの未来はなくなると思え」
乙部は仙堂に言う。
「吉野はお前たちのと対話を望んでる。吉野への尋問はOCASが主導しろ。次の犠牲者が出る前に奴を吐かせろ。奴はもう取調室に呼んである」
二人はそう言い残して出て行った。寺田が立ち上がってホワイトボードを蹴飛ばした。大きな音を立ててホワイトボードが床に倒れた。宇和島が首をすくめる。
「俺たちに責任を押しつけてる」
「寺田、やるべきことをやるしかない」
仙堂が静かに言うと、寺田は燃える眼の光を押し留めるように俯いた。
「先行ってます」
そう言って彼は足早に部屋を出て行った。鶴巻が慌ててその後を追う。宇和島は自分のデスクのそばに茫然と立ち尽くしている。
「仙堂さん」三田村が近づいてきて、静かに口を開いた。「九条さんの葬儀は?」
「分からん。今週末か……来週になるかもしれない」
「寺田さんと行ってきて下さい」
慈愛に満ちた三田村の瞳に、仙堂は弱々しく微笑みかけた。三田村の肩を叩くと、短く言った。
「行こう」
二人は部屋を出て行く。残された宇和島はホワイトボードを元に戻すと、重い足取りで取調室へ向かった。
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