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 元旦に開かれた共同捜査本部での捜査会議には、重苦しい空気が押し込まれていた。

「具体的な死因は解剖でも明らかになったわけではありませんが、被害者の九条さんは逆さ吊りにされたことで心不全をきたしたと思われます。死亡したのは十二月二十八日から二十九日にかけて。遺体は、両足首と腰と左腕をロープで縛られており、身動きが取れない状況で吊られていました。自由だった右手は、手のひらに無数の擦り傷があり、力尽きるまで足元のロープを掴んだりして耐えていたものと思われます。また、後頭部には殴られたような痕があり、被害者は襲われた後で吊るされたものと推測できます」

 別の刑事が立ち上がり、報告する。

「井戸の所有者の大倉さんによれば、九条さんの大学の研究室の学生チームが事前に井戸に釣瓶を設置したということです」

「大学側は関知してないんじゃなかったのか?」

 乙部の鋭い声が飛ぶ。

「研究室のチームの話では、九条さんから『先方に話は通してあるから、作業を行ってくれ』という連絡を受けたんだそうです。井戸の調査自体は九条さんと共に行う予定だったとのことですが、九条さんから日取りの調整を行うと言われたそうで、その調整待ちの間に今回の事件が発覚したことになります」

「吉野の関与は?」

 別の刑事が報告を始める。

「二十七日の午後三時頃に関越道埼玉方面行きのNシスに吉野所有のワゴン車の通過記録があります。二十七日の午後七時半過ぎに東京方面でも検知あり。現在、吉野のワゴン車内から痕跡を調べています。ただ、九条さんの車の埼玉方面への通過記録も残っており、両者が別々に移動していたことは明らかになっています」

「群馬の件と同じか。現場の状況は?」

 鑑識が立ち上がる。

「吉野の関与にも繋がってきますが、現場から複数の指紋を検出しています。しかし、これらは吉野のものはありませんでした。残されていたのは、釣瓶を設置した学生たちのものと被害者本人のもの……それ以外は古く判別不能なものでした。それから、井戸の中から以下の三つのものが発見されています。まずひとつが拳大の石を四つ入れた布の袋です」

 部屋のプロジェクターが写真を映し出す。濡れた大きめの巾着袋と石が四つ並べられている。

「被害者の頭部の傷と一致しました。犯人はこれで被害者の後頭部を殴ったものと思われます。次に、十二月八日と二十一日の事件でも発見された木片が……」

 木片の写真が映し出される。木片には先の二件と同じように記号が刻みつけられているのが見える。

「調べたところ、『ラグズ』というルーン文字で、水という意味があるようです」

「吉野の手によるものである可能性が高いというわけだ」

「最後に、これが少し奇妙なことなんですが、井戸の中にワタリガラスの羽根が大量に落ちていました。全部で二十三本。ただ、ワタリガラスは今の時期に北海道に渡ってくるのみで、本州には生息していないようです」

「わざわざ持って来たということか。どうせ奴のつまらないメッセージだ」乙部は鑑識を座らせて、捜査本部の面々に鋭い視線を送った。「奴が犯人であるという証拠を必ず見つけ出せ」

 気合いの入った返事が広い会議室に木霊した。

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