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 栗原美咲くりはらみさきが能面みたいな表情で雨の降りしきる空を見上げた。

「寒いだけでいいのに、雨も降らなくていいよ」

「ブツブツ言ってんじゃねえ。車に戻るぞ」

 瀬古が傘を差して軒下に歩み出て行く。栗原は振り返って、大森中央図書館の中でこちらを見ている館長に頭を下げた。図書館は今日から年末年始の休みのはずだったが、無理を言って協力してもらったのだ。

「私だったらキレ散らかしますね」

「そこは市民の善意に甘えるところなんだから気にするな」

 栗原は赤い傘を差して瀬古の後についていく。氷雨が傘を叩く音に無意識的に歩調を合わせていると、瀬古が振り返らずに言う。

「そっちはどうだった?」

「車の中で話しましょうよ。寒くて死にそうです」

 二人は傘の水を払いながら器用に車の中に滑り込んだ。助手席の瀬古が早速メモ帳を広げている。

「なんで未だに手描きのメモ帳使ってるんですか? 昭和ですよ」

「俺は昭和だからいいんだよ。お前こそ、スマホでポチポチして頭に入るのか?」

「別に入らなくても後で見直せばいいんで」

 栗原がスマホを取り出してメモ帳を開く。

「こっちは警察の捜査手法とか警察関連のノンフィクションばかりだった。吉野は警察のことを調べ上げようとしてたんだな」

「私の方は、胸糞悪いですよ」

「相変わらず言葉が悪ぃな」

 栗原は乾いた笑いを返す。

「刑事部屋に居たらこうなるんですって。私のせいじゃないですから。環境のせい」

「で、どうだったんだ?」

「キリスト教の殉教者とか拷問とか犯罪史の本ばっかりでしたよ。そりゃ、こんなのばっか読んでたら、頭おかしくなるわって感じですね」

「地図の類は全く読んでないんだな」

「今時ネットで見れますからね」

「だが、吉野の通信履歴を調べても、そういう情報にアクセスしてない」

「飛ばし携帯で調べてたんですかね。で、使い捨ててる」

「おそらくはそうだろうな。つまり、奴は俺たちに調べられるのを見越して情報を残してるってことだ」

「連行された日の足取りはまだ掴めてないんでしたっけ?」

「グランハイツの周辺はまだ防犯カメラの設置が進んでない。奴の行動を追跡するのが困難だ。おまけにクレジットカードなんかも使わないせいで、金の流れも掴みづらい。半年前に銀行口座を解約して、現金を手元に置いていたからな」

 栗原はハンドルに顎を乗せた。

「ってことは、次の事件に繋がるような情報ってほとんど拾えてないってことですよね」

 瀬古はこめかみの辺りを指先で掻いた。

「そもそも、被害者からして周囲の目を盗むように行動してる。事件に巻き込まれる直前のやり取りや行動もかなり慎重だ」

「被害者の方にもやましい気持ちがあったんですかね?」

「というか、吉野が人目を避けさせるようなことで彼らをコントロールしていたと考えるのは自然だな」

「なんせ、山奥で穴掘ってるんですもんね」

「あれは吉野が銃で脅してやらせたんだろう」

「いや、車は別で移動してたんなら逃げればよかったんですよ」

「逃げた結果、家族を殺されるとしたらどうする?」

「まあ……、そりゃあ、従うしかないですけどね」

「人の行動には意味がある。お前も色んな人間になったつもりで行動の原理を追えるようになれ」

「はーい」

 間の抜けた返事をした栗原は、微かに頬を緩める瀬古の横顔に不意に質問をぶつけた。

「で、なんでOCASの三田村さんと一緒に行動してたんですか」

「は?」

「そのせいで、宇野さんと組まされたんですよ、私」

「宇野だって腕の良い奴だぞ」

「嫌味ったらしいんですもん。精神的疲労がマックス。昔は三田村さんと組んでたってホントなんですか?」

「昔の話はどうでもいいだろ」

「でも、一緒に行動してましたよね?」

 瀬古はメモ帳を閉じてシートに身を預けた。

「あいつはしがらみで雁字搦めにされて動けなくなるとおかしくなるからな。気の良い奴だから放っておけなくて、連れ出してやっただけだ」

「ほー、優しいじゃないですか」

「あんな狭苦しい部署に押し込んでおくのはあいつのためにならないと思うんだがな」

 瀬古のスマホが鳴る。短いやり取りを交わして電話を切ると、瀬古は強張った表情を栗原に向けた。

「OCASが次の犠牲者になる可能性のある人物のリストを送って来た」

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